報道によると、大阪市において、カジノを含む統合型リゾート(Integrated Resort。以下「IR」という。)が2030年1月から6月ころに開業するとのことである。

 IRの事実上の中核施設であるカジノについては、ギャンブル依存症患者の増加が懸念する声があり、政府や大阪市においてギャンブル依存症対策を講じることとされている。わが国においては、既に、競馬等の公営ギャンブルのほか、事実上のギャンブルであるパチンコ・パチスロ(以下、併せて「合法ギャンブル」といいます。)の遊技場も多数存在しており、カジノの設置にかかわらずギャンブル依存症対策の必要性は今も変わらずあるといわざるを得ないが、カジノの開設が迫り、ギャンブル依存症患者の増加を懸念する声が広がっている時期にあることから、ギャンブルにはまる従業員をどのように処遇すべきかを検討する。

 

1 従業員が私的なギャンブルにはまっている場合

(1)刑事事件となった場合

   まず、従業員が合法ギャンブルではなく、高額な賭けマージャン、バカラ、ブラックジャック、ポーカー、古くは野球賭博等といった私的なギャンブルにはまり、単純賭博(刑法185条)、常習賭博罪(同法186条1項)で逮捕され、あるいはさらに高じてギャンブルを主催するまでになって賭博場開帳図利罪(同条2項)で逮捕された場合はどうか(以下は、就業規則において懲戒の定めがあり、しかも懲戒事由として「刑事事件を起こしたとき」等といった刑事事件に関与したことに関する定めがあることを前提とする。)。

  ① 従業員が賭博場開帳図利罪で逮捕等された場合

    このうち賭博場開帳図利罪で逮捕され、従業員が自白している場合は、賭博場開帳図利罪が自らギャンブルを主催することによって賭者を集めるという点に強い法的非難が向けられるという罪質から、逮捕段階で直ちに懲戒解雇を含む厳しい処分が可能となる場合が多いと思われる。他方、従業員が事実を争っている場合には、従業員が自白に転じるか、第一審で有罪判決が出るのを待って処分をすることとなる(無罪推定の原則)。

  ② 従業員が常習賭博罪で逮捕等された場合

    従業員が常習賭博罪で逮捕された場合についても、従業員が自白しているときは、逮捕段階で直ちに懲戒処分や普通解雇も可能となる場合が多いと思われる。もっとも、懲戒解雇や諭旨解雇までできるか否かは、処罰の軽重、ギャンブルの頻度、費消した額、報道の有無、内容(勤務先まで報道されたか否か等)、業種、業態、従業員の地位・業務内容、勤務態度、勤務成績等を総合的に判断する必要があり、慎重な対応が必要である。

  ③ 従業員が単純賭博罪で逮捕等された場合

    従業員が単純賭博罪で逮捕された場合、従業員の自白の有無にかかわらず、刑事処分も起訴猶予又は略式命令請求で終わるため、懲戒解雇や諭旨解雇までは困難と思われる。

    もっとも、略式命令請求された事案で、従業員が管理職である場合や、従業員がギャンブルを社内で行い、又は他の従業員からギャンブルのための資金を借りる等して職場の秩序を乱したと評価し得る場合、勤務先まで報道された場合等、場合によっては(懲戒解雇や諭旨解雇までは困難な場合が多いとしても)、普通解雇のほか、諭旨解雇よりも下の懲戒処分は可能であろう。

    これに対し、従業員が単純賭博の事実を争い、公判請求(公開の法廷で行われる刑事裁判にかける場合)がされた場合は、何らかの処分をするとしても、有罪判決が出るまで待つことが必要となる。

(2)刑事事件になる前の場合

   他方、従業員が刑事事件で立件されていないものの、ギャンブル依存となっていることが判明した場合はどうであろうか。

   従業員が私的なギャンブルに依存していることのみをもって、懲戒等の処分をすることは困難と思われる。

   もっとも、私的なギャンブルの頻度や費消額が多い場合、従業員がギャンブルを社内で行い、又は他の従業員からギャンブルのための資金を借りる等して職場の秩序を乱したと評価し得る場合等、捜査機関に発覚すれば常習賭博罪や賭博場開帳図利罪に当たるような場合は、普通解雇のほか、諭旨解雇より軽い懲戒処分や普通解雇は可能となるものと思われる。他方、懲戒解雇や諭旨解雇については、従業員が刑事事件で立件されておらず、報道されることも考えにくく、一般的に事業者の信用が毀損されたとはいえないことが多いと思われるため、困難であると考えられる。

 

2 従業員が合法ギャンブルにはまっている場合

  従業員が合法ギャンブルをすることは、たとえそれにはまっているとしても、私生活上の行状であり、何らの処分をすることもできないのが原則である。

  もっとも、他の従業員からギャンブルのための資金を借りる等して職場の秩序を乱した場合や、部下に競馬場や遊技場等への同行を強要した場合等については、人事考課の評価を下げることは可能であるし、懲戒解雇や諭旨解雇よりも軽い懲戒処分が可能となるケースもあると思われる。

 

3 IRにおけるカジノにはまった場合

  では、IRが完成した後、従業員がカジノにはまった場合はどうなるのであろうか。

  この場合の結論は上記2と同じである。もっとも、報道によれば、カジノへの日本人の立ち入りは回数制限が設けられるようであり、このような制限のない既存の合法ギャンブルと比較すると、他の従業員からギャンブルのための資金を借りる等して職場の秩序を乱すという事態や、部下に競馬場や遊技場等への同行を強要する事態等が生じる可能性は相対的に低くなるのではないかと思われる。

 

 

 以上、カジノを含むIRの開業が迫ってきたことを機に従業員がギャンブルにはまった場合の処遇について検討を行ってきたが、上記で述べたことはあくまで目安に過ぎず、事実関係によって結論が全く異なることもありうるのでご留意頂きたい。懲戒処分の内容や解雇の可否については、様々な裁判例があり、その判断にはかなりの困難を伴うため、実際に処分する前に労務関係に強い弁護士に相談をして頂くことを強くお勧めする。

 カジノを含むIRや既存の合法ギャンブルが適切かつ健全に運営され、また利用者の側もギャンブルと適切に付き合うことで、ギャンブル依存症患者が増加することがないように期待したい。

                                                    以 上