1 はじめに

  従前より扶養される側の年収の金額によって税金上の控除の適用の有無や社会保険の扶養加入の可否について違いが生じるということから、扶養される側の人が年末に近づくと年収を一定額内に留めるためにシフトを調整したりする等の問題が発生していた。それがいわゆる「年収の壁」問題とされていた。それにより年末になると各企業においてパート従業員が十分にシフトに入ることが出来ない等の問題から昨今の労働人口不足を加速させる自体になってしまっていた。

  これに対し、今般、政府は「年収の壁」問題に対する対策として扶養から外れたことにより増加する社会保険料に対する助成を企業に対して行う等の補助を行うことで積極的に「年収の壁」を超えた労働が可能になるように促すという施策をする見込みとなっている。

2 「年収の壁」への当面の対応策

  厚生労働省による令和5年9月29日付の第168回社会保障審議会医療保険部会で示された「年収の壁・支援強化パッケージ」(参照HP:001150869.pdf (mhlw.go.jp))では、概ね次のような対応が検討されていた。なお、詳細はそちらを確認されたい。

  ①106万円の壁への対応

   : キャリアアップ助成金のコースを新設し、労働者の収入を増加させる取り組みを行った事業主に対して、労働者1人当たり最大50万円の支援等を行う。労働者の収入をぞかさせる取り組みについては、賃上げや所定労働時間の延長のほか、被用者保険適用に伴う保険料負担軽減のための手当(社会保険適用促進手当)として、支給する場合も対象とする。

事業主が支給した社会保険適用促進手当については、適用に当たっての労使双方の保険料負担を軽減するため、新たに発生した本人負担分の保険料相当額を上限として、被保険者の標準報酬の算定において考慮しない。

  ②130万円の壁への対応

   : 労働時間延長等に伴う一時的な収入変動による被扶養者認定の判断に際し、事業主の証明の添付による迅速な判断を可能とする。

当該施策の具体的な内容の全ては確定していない状況ではあるが、このような「年収の壁」問題への具体的な補助がされることを念頭に、雇用主側において労働者の賃上げ等を実施する場合のあらかじめ検討しておくべき点を提示しておきたいと思う。

3 政府からの補助は時限措置であるという点

  企業が「年収の壁」に対し賃上げをしたり、勤務時間を延ばしたり等の対応をした場合、それに対する経済的負担の増加への一定の助成をすることが予定されているようである。

  この点について、重要なことはそのような政府による助成はあくまで時限措置とされている点である。すなわち、そのような政府による経済的な助成が恒久的にされるものではなく、2年間のみというような時限措置に過ぎないのである。

  そうすると、企業としては次の点に注意しておかなければならない。

  仮に、企業が助成を受けられることを前提にして賃上げ等を行う場合、基本給の増額という方法や一時手当という方法が考えられるところである。

  まず、基本給の増額という場合は、労働条件の変更ということになり、それ以降は増額された基本給が労働条件となる。そして、企業が助成の終了したタイミングで元の基本給に戻す場合は基本給の減額ということになるが、これは労働者からみると労働条件の不利益な変更であることは明らかである。このような労働者に不利益な労働条件の変更は雇用主たる企業の一方的な裁量で実施することは禁止されている(労働契約法第8条)。労働者の自由意思に基づく合意が得られない限り、一度上げた基本給は減額できないのである。万が一、基本給の増額のタイミングで政府からの助成が終了したことを条件に元の基本給に減額するという合意を個別に結んでいたとしてもそのような個別合意は公序良俗に反する等の理由で無効とされる可能性が高く無意味であることが予測される。

  次に、一時手当という場合は、あくまで一時手当なので次年度以降も継続する必要自体は無いのが原則となる。もっとも、ここで注意しなければならないのは、仮に一時手当であったとしても、それが複数年の継続がされて労使慣行として認められる可能性は否定できないという点である。労使慣行とされた場合は、上記と同様に一方的に廃止することは不利益変更禁止に抵触して無効とされてしまう可能性がある。なお、恒久的な手当を創設し支給する場合は上記の基本給の増額と同様の扱いとなり一方的な廃止は出来ない。

  このように「年収の壁」に対する政府からの助成についてはあくまで時限措置であるということを念頭においたうえで、各企業において対応策を検討し実施しなければ、時限措置が終了した際に支払不能に陥ってしまったりする危険がある。そのため、単に助成を受けるためだけの変更を安易に行うべきではないという点は留意点として挙げておきたい。

3 さいごに

  上記で述べたとおり政府からの助成は時限措置であるということは十分に留意する必要があるが、一方で昨今の日本における労働力不足は顕著であり「年収の壁」に対する対応も重要である。そして、今回の政府による時限措置は今後の制度への移行措置とされているが、労働力不足の解消のための根本的な対応策が実施されるべきである。

  ただ、どのような対策であったとしても企業側としては、労働条件の変更を伴う場合には変更後は安易に戻すことは出来ないということを十分に認識したうえで、将来の企業の目標等をベースに据えてしっかりとした労働環境の整備という点は忘れてはならないであろう。

 

 

                                以上