経済産業省では、「空の移動革命に向けた官民協議会」が設置され、ドローンとともに、「空飛ぶクルマ」の実用化に向けた検討が重ねられている。そして、実用化の第一弾として、2025年に開催が予定されている大阪・関西万博における「空飛ぶクルマ」の実装が計画されており、同計画の実現に向け、実務者の中で、機体の安全性確保に関する基準を検討する「期待の安全性確保ワーキンググループ」、操縦者のライセンス等に関する基準の検討等を行う「操縦者の技術証明ワーキンググループ」、空飛ぶクルマの運航方法、飛行高度、空域の検討等を行う「運航安全基準ワーキンググループ」、空飛ぶクルマによる航空運送事業に係る基準の検討等を行う「事業制度ワーキンググループ」がそれぞれ設置されて各検討テーマの検討が進められているようである。

 このように、空飛ぶクルマについては未だ商用ベースでの実用化はおろか、実用化に向けた制度や基準の検討が行われている段階であり、未だその内容は明確ではないが、以下では、法的側面から、空飛ぶクルマの実用性について推測と検討を行いたい。

 

1 大阪・関西万博において想定されている活用方法

  「空の移動革命に向けた官民協議会」の「大阪・関西万博×空飛ぶクルマ実装TF 2021年度のとりまとめ」によると、大阪・関西万博においては、会場と空港等との2地点間輸送、遊覧飛行及び救急搬送の用途で空飛ぶクルマのうちヘリコプターと同じ垂直離着陸方式のeVTOL(electricVertical Take-Off and Landing 電動垂直離着陸機)を活用することが想定されているようである。

  もっとも、機体について耐空証明(航空法10条)や型式証明(同法11条)の取得を要するほか、操縦者についてはヘリコプター向け航空従事者技能証明(同法22条以下)の保有者に訓練プログラムを課した上で型式限定の技能証明を付することとされている。また、離着陸場所が国土交通大臣の許可を受けた場所に限定され(同法79条ただし書)、最低安全高度以下での飛行が禁じられる(同法81条)等、空飛ぶクルマに類似するヘリコプターと同様の規制がかけられる見通しである。

  このように、少なくとも「大阪・関西万博」においては、空飛ぶクルマの活用方法や法規制を見る限り、ヘリコプターとほぼ変わらないようである。

 

2 「大阪・関西万博」後の空飛ぶクルマの中期的活用方法

  「空の移動革命に向けた官民協議会」の「大阪・関西万博×空飛ぶクルマ実装TF 2021年度のとりまとめ」では、「大阪・関西万博」後の空飛ぶクルマの活用を視野に、空飛ぶクルマ向けの特殊な技能証明等の要否や、空飛ぶクルマの遠隔操作(無操縦者航空機)のための技能証明付与の可否、ヘリコプター等との飛行高度の調整等安全な運航方法や規制等について検討が進められている。

  しかし、上記「とりまとめ」を見る限り、現在のヘリコプター等にかけられているのと同様の規制がかけられるようであり、国土交通大臣が許可した離着陸場所間の定期運航や、遊覧飛行、あるいは救急搬送といった「大阪・関西万博」において想定されている空飛ぶクルマの活用方法のほかには、ドローンと同様に遠隔操作による貨物輸送のための活用方法しか想定されていないように思われる。

 

3 「大阪・関西万博」後の空飛ぶクルマの長期的活用方法

  上記2のとおり、少なくとも我が国においては、「大阪・関西万博」及びその後も当面の間、空飛ぶクルマは、従前のヘリコプターと同様な活用方法にとどまる見通しである(ごく少数の資産家や企業家が自家用に用いる活用方法も想定されるが、これも従前のヘリコプターの活用方法と同様である。)。これは、空飛ぶクルマの価格がヘリコプターの価格を超えるものと想定される現状や、事故発生時に生じる操縦者、同乗者及び地上の市民への重篤な結果を踏まえれば、やむを得ないと思われる。

  もっとも、空飛ぶクルマがこのような活用方法にとどまるのであれば、ヘリコプターやドローンとは別の存在意義がなくなる。

  そこで、以下では、空飛ぶクルマの価格が下がり、中間層にも手が届く状況となった時代を想定して、現状のヘリコプターやドローンと異なる活用方法、より具体的には、現在の自家用車に準じた「自家用空飛ぶクルマ」の活用の可否について検討する。

 

4 「自家用空飛ぶクルマ」の活用方法

 ⑴ 「自家用空飛ぶクルマ」の免許

   空飛ぶクルマの活用を図るとはいえ、当然免許は必要である。しかし、現行の航空法のような技能証明等の厳格な資格が要求されるようでは.普及など望めない。

   現在の普通自動車第一種免許のようにほぼ誰でも取得可能な免許とするかどうかは別として、緩和された資格制度とする必要があろう。もっとも、資格の緩和は、空での事故が重篤な結果を発生させるおそれがあることから、空飛ぶクルマそのものの安全性は当然のこと、運航の安全性が確保されていることが前提となる。

 

 ⑵ 「自家用空飛ぶクルマ」の離発着や飛行時の課題

   現行の航空法のように離着陸場所が極めて限定されている状態では、「自家用空飛ぶクルマ」の普及は望めない。もっとも、特に高層建築が多数存在する都市部や架線があるような場所での離発着は禁止すべきであるし、他の空飛ぶクルマ、航空機あるいはドローンとの接触が危険な場所での離発着、強風等荒天時等の離発着も禁止すべきである。

   また、実際に飛行する場合も自由に飛び回ることは、建築物、架線、他の空飛ぶクルマ、航空機あるいはドローンとの接触や荒天による墜落等の重大な事故を防止する観点から許容されない。もっとも、現行の航空法97条のように飛行計画の策定・通報まで要求するようでは、「自家用空飛ぶクルマ」は普及しない。

 

⑶ 「空飛ぶクルマ」の安全「飛行」確保の方法

  このように、資格(免許)を緩和しつつ、空を飛ぶことの危険性を回避して安全に「自家用空飛ぶクルマ」を離発着させ、あるいは飛行させるためには、どのような方法が考えられるであろうか。私見では、以下の2つの方法が想定される。

  ① 「ARハイウェー」の飛行

    まず、AR(拡張現実)を活用して、「自家用空飛ぶクルマ」の飛行専用のヴァーチャル航路(仮に「ARハイウェー」と称する。)の飛行のみ可能とするように規制することが考えられる。このようにすれば、建築物、架線、他の空飛ぶクルマや航空機等との接触リスクを相当程度低減することが可能となる上(ただし、ARハイウェーからの逸脱を防止する等の技術は当然不可欠である。)、飛行を禁止することによって荒天時の飛行も防止できるメリットがある。

    この方法は、ARが既に実用化されている以上、その規格を標準化し、各自家用空飛ぶクルマがフロントガラスに共通の「ARハイウェー」を投影するように設定する等すれば、実現可能と思われる。

    もっとも、この方法は、特定の「ARハイウェー」やその離発着口に空飛ぶクルマが集中することにより、渋滞が発生する等、現在の自動車社会と同様の問題が起こる可能性がある。

  ② 車車間通信下における完全自動運転による飛行

    次に、安全かつ完全な車車間通信が実現し、かつ「空飛ぶクルマ」と他の航空機やドローンとの間での安全かつ完全な通信が実現されていることを前提に、「自家用空飛ぶクルマ」が完全自動運転でのみ飛行可能とする方法も考えられる。ここにいう「完全自動運転」は、全く人が関与せず運転が可能な状態にとどまらず、人の操作が禁止される状態である必要があり、極めて高度な安全性と品質が求められる。

    このように安全かつ完全な飛行移動手段間の通信と高度な完全自動運転機能が合わされば、建築物、架線、他の空飛ぶクルマや航空機等との接触や、荒天時の飛行による墜落などの事故を回避することが可能となる。しかも、この方法によれば、「ARハイウェー」のような渋滞リスクも回避することができる。

強いて言えば、自らが飛行操縦をする醍醐味を味わうことができないのがデメリットであろう。

 

5 さいごに

  電気自動車の普及が本格化し、2030年代にもガソリンやディーゼルを燃料とする自動車の製造・販売が全面的に禁止され始める等、クルマを含む移動手段は転換期を迎えている。そのような中で、「大阪・関西万博」での実用化構想を機に俄かに注目されている「空飛ぶクルマ」の活用方法について、想像を交えながら、想像を交えながら、気の向くままに私見を述べてきた。

  現時点で「空飛ぶクルマ」については、わが国では公道走行ができず、未だ規制等の検討段階であることから、その内容も未確定であり、しかも空飛ぶクルマの技術に明るくない小職が以上で述べたことはおよそ推測の域を出るものではないことをご容赦頂きたい。

  とはいえ、空飛ぶクルマのような新しい移動手段が増えることは、交通過密による渋滞、騒音、振動、大気汚染等の課題が解消に資するものと思われる。安全性の確保は当然の前提であるが、早期の普及を楽しみに待ちたい。