1 はじめに
  現在、新型コロナウイルスの世界的感染流行により、国外での感染爆発のみならず、大阪・東京の大都市圏でも感染者が急増の一途を辿り、緊急事態宣言や都市封鎖という事態が法的な根拠はともかく、俄かに現実味を帯び始めている状況にある。
そのような状況において、海外工場の操業停止、交通・物流への制限が発生し、物品・部材等の入手が困難となり、商品の納入遅延等が発生している状況にある。
  もっとも、これは納入側・売主側の事情であり、引き渡しを受ける側・買主側からすると、当該商品の納入遅延が経営に大きなダメージを受けることになり、それに伴い、売主に対する損害賠償や解除を検討せざるを得ない。
  そこで、今回の新型コロナウイルス由来の新型肺炎のような感染症の蔓延を原因とする納入遅延等に基づく損害賠償や解除が認められるかどうかを検討する。

⑴ 債務不履行責任として免責されるか
  新型コロナウイルスを原因とした納入遅延等の場合、基本的には、「遅延」であることから、「不能」ではなく、あくまで債務の履行遅滞という問題と捉えられる。
  すなわち、まずは民法に従い履行遅滞に基づく債務不履行責任を納入側が負うかどうかである。
  そして、民法415条には、「債務者の責めに帰すべき事由によって履行することができなくなったとき」は、債務不履行に基づく損害賠償を負うと規定されている。つまり、その反対解釈として、債務者の責めに帰すべき事由によらない場合は損害賠償を負わないのであり、その帰責事由があるといえるかどうかが問題となる。
  なお、令和2年4月1日から施行された改正民法では、契約の解除には債務者の帰責事由が不要とされており、解除についてはそれに従い行うことが可能となっている。
また、民法に基づく免責の他に、多くの場合、契約書が締結されている場合が多いであろう。そのような場合は、契約書に「不可抗力による免責規定」(以下「不可抗力免責規定」という。)が記載されていることがあり、不可抗力免責規定を根拠に免責がされるかどうかを併せて検討する。
  なお、民法はあくまで当事者間での取り決め等がなかった場合に適用されるものであり、当事者間での取り決め、つまり契約書がある場合は、原則として、契約書の規定が優先されるため、不可抗力免責規定がある場合は、そちらの適用の可否を判断することが必要となる。
  ここで、本来は民法上の帰責事由があるといえるかどうかという問題と不可抗力の定義の問題は、多くの学説が存在し議論されているところであり、同一に論じることができないものであるが、本件では実務上の問題点に関する一定の見解を示すものという趣旨から、帰責事由と不可抗力を特段に区別せずに考察するものとする。そのため、以下では両者を併せて「不可抗力等」と表現する。
  そして、このような不可抗力等については、その要件が多義的であるが、基本的には、外来の偶発的事由、当事者の統制の及ばない事由と考えられている。
  また、国際物品売買契約に関する国際連合条約第79条⑴には、「当事者は、自己の義務の不履行が自己の支配を超える障害によって生じたこと及び契約の締結時に当該障害を考慮することも、当該障害又はその結果を回避し、又は克服することも自己に合理的に期待することができなかったことを証明する場合には、その不履行について責任を負わない。」と規定する。
そうすると、これらを参考にして、簡略化すると、事業の外部の偶発的事情から発生した出来事で、かつ、契約時に予測が出来ず、通常の注意を尽くしてもその発生を防止できないものをいうとするのが妥当であると考えられる。
これを前提に検討すると、新型コロナウイルスという未知のウイルスが発生したこと自体は、事業の外部の偶発的事情から発生したものであるといえるのは明らかである。
もっとも、問題は、新型コロナウイルスの発生による工場の停止・移動物流制限による納入遅延が、(ア)個別契約時に予測出来たかという点、及び、(イ)納入遅延を通常の注意を尽くしても防止できなかったか否かという点になる。
そこで、これを前提にいくつかの場合分けをして免責がされるか否かを検討したい。

⑵ 具体的検討
ア 個別契約時に予測出来たかという点
  これは個別契約時点の問題である。すなわち、当該契約をした時点で既に新型コロナウイルスが発生・認知されており、今後、納入遅延に影響を及ぼすことを予測できたか否かということが重要となる。
  ①新型コロナウイルスが発生・認知される前の場合
   この場合は、未知のウイルスの発生を予測することは通常人には不可能であることから、契約時にそれに伴う納入遅延への影響を予測することは出来なかったということに争いはないと考えられる。
  ②新型コロナウイルスが発生・認知された後の場合
   この場合は、新型コロナウイルスが発生・認知されている以上、納入する側としては、どの国・地域の工場に物品・部材を依存しているかという点は把握しており、それによる影響を予測できなかったのかどうかという点は、一定程度厳しく判断されても致し方ないものと考えられる。なぜなら、既に新型コロナウイルスが発生・認知されている状況では、そのような状況下で受注を受けられる企業は少数であり、そのような状況下でも納入を約束していることが契約内容となっており、かつ、それに伴う報酬も上乗せされているのが通常であるからである。
   もっとも、過去のSARSやMARSのような経験をもとに一定の予見可能性に基づき判断していたが、今回の新型コロナウイルスによる影響がそれらを上回るような状況になっていることからすると、その点についての一定の考慮は必要になってくるだろう。
イ 納入遅延を通常の注意を尽くしても防止できなかったか否かという点
これは新型コロナウイルスが発生した後の問題となるが、調達先に制約がある状況において、調達のために合理的な努力を尽くしたかどうかという問題である。
原則として、売主側には、契約で対象とされた物品・部材の調達義務が存在する。
そのため、売主側は、従来の調達ルートが困難になったというだけで免責されるものとは考えられず、合理的に考えられる他の調達ルートでの調達ができないかという行動を取る義務がある。そのような行動を取ってしても調達が不可能となった場合は、通常の注意を尽くしても防止できなかったものと考えられるであろう。
では、新型コロナウイルスの影響により、物品・部材の価格が高騰した場合でも売主側には調達義務が課されるといえるのか。
まず、BtoBについて検討する。
これは非常に難しい問題であるが、私見を述べると、契約の段階で当事者間での価格の交渉・決定は、調達予定コストが一つの重要な要素とされているものである。このような調達予定コストを大幅に超過するような価格での調達は、売主側に非常に酷な結果となる。
このような場合は、事情変更の法理が適用されると考えられることから、契約時の契約当事者の合理的な意思解釈として、そこまでの義務を課すものではないと解するのが穏当ではないかと考えられる。但し、どこまでの価格高騰をそのように判断するかという点は、個別事案ごとに判断せざるを得ないであろう。
  他方、契約で国内での調達が合意されているにもかかわらず、納入側が国外で調達をしていた等のそもそも契約内容と異なる調達ルートを採用し、今回の新型コロナウイルスの影響で納入ができなくなった場合は、上記の判断とは異なり、債務不履行責任を免れることができない。
  これらに対し、消費者との取引(BtoC)の場合、部材や部品の製造地の合意は勿論、認識がないのが通常であることから、部品の高騰を理由として供給義務を免れることはできないと思われる。
  もっとも、契約時に輸入商品であり、部品や部材が調達できない場合に、無償でキャンセルできるとの特約がある場合はこの限りではない。

2 まとめ
  今回の新型コロナウイルスの影響により、今後、さらに納入遅延等の問題が発生し、B to B、B to Cを問わず問題が顕在化してくることは明らかである。
  そのような場合の対処は、法律上の解釈が必要となるものであり、紛争を防止又は早期に解決するために弁護士に相談をすることをお勧めする。

                            以上