1 景気の現状について
  新型コロナウイルス感染症の感染拡大の勢いが弱まり,政府の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の終了も見えてきたところである。
  しかしながら,海外での新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中で,以前のような訪日外国人(いわゆるインバウンド)による爆発的な観光需要が少なくとも当面見込めず,また需要急減による輸出の急減,雇用情勢悪化による我が国の国内消費の減退等により,今後も景況感は弱い状況が続く見通しが濃厚である。

 

2 事業者に対する諸施策について
  そのような中,以前本トピック「新型コロナウイルス感染症の影響拡大と資金繰り対応」(https://chishin-law.jp/blog/新型コロナウイルス感染症の影響拡大と資金繰り/)において一部紹介したような資金繰り支援措置(ただし,上記トピックは2020年3月30日時点のものであり,その後拡充された措置は含まれていない。)により,少なくとも金融機関からの既存の借入金の返済負担は軽減され,当面の資金繰りへの対応も不十分かつ遅いものの一定程度可能な状況にある。また,雇用調整助成金の拡充や,失業手当の支給要件緩和により人件費負担も軽減され,さらには賃料支援策も講じられることが見込まれている。
  これらの諸施策により,実質的にキャッシュフローが大きな赤字でも,当面は,何とか事業の存続が可能となっている。

 

3 事業継続の意味について
  確かに,休業や業務縮小の終了により業績が一定程度回復することが見込め,それにより上記のような諸施策が終了・縮小されても資金繰りの算段が付けられる事業者におかれては,事業を継続し,雇用や取引先・仕入先との取引の維持を図られるべきであるし,そのようにすることが社会的責任でもあると思われる。
  しかし,レナウンがまさにそうであるように,今回の急激な景気悪化の前から業績不振が続いており資金繰りに窮されていた場合や,民泊や一部観光業のように爆発的なインバウンドによる売上に大きく依存されていた場合等,緊急事態宣言の終了によっても業績回復や資金繰りの改善が見通せない場合にも,上記のような諸施策を利用し,また資金繰りや仕入先等への支払猶予要請等のために奔走する等して神経を擦り減らしてまで無理矢理延命させる意味があるのかを今一度考えてみられても良い時期なのではないかと思われる。

 

4 現在が廃業・倒産に適していることについて
  現在は,緊急事態宣言の終了前後であり,新型インフルエンザ等特別措置法45条に基づく休業要請等が終了又は緩和の前後である上,既に宿泊業者が廃業を決め,レナウン等大手企業の倒産も出始めている時期でもある。しかも,これら事業者の廃業・倒産による解雇者も大量に出ており,言い方は悪いが,廃業や倒産,あるいはこれらに伴う解雇等のいわゆるリストラが社会的に受け入れられやすい時期といえる。
  また,これは現在に限った話ではないが,廃業・倒産をするにも,解雇予告手当や退職金(ただし,退職金規程等により支給義務がある場合に限る。),破産等の場合の予納金,弁護士費用等,一定の資金が必要となる。上記のような諸施策を利用しつつも,事業継続上必要な資金繰りのために自己資金や代表者らの借入金をつぎ込み,いわゆるジリ貧になってから事業継続が不可能な状況になってしまうと,廃業や倒産が困難となりかねない(いわゆる「夜逃げ」せざるを得ない事態ともなりうる。)。もっとも,この場合でも,諦めることなく,倒産実務に明るい弁護士に相談されることをお勧めする。「夜逃げ」だけが選択肢ではないことがおわかりになると思う。
したがって,廃業や倒産の決断は,上記のような最低限の資金さえ費消してしまう前のなるべく早く,しかも,社会的に廃業や倒産が受け入れられやすい現在が適しているといえる。

 

5 廃業・倒産を回避すべき場合について
  もっとも,代表者以外の親族が事業者の債務の連帯保証をされている場合,代表者又はその親族が自宅に抵当権又は根抵当権などの担保を設定されている場合,法人事業者名義の不動産を代表者らの社宅として使用している場合等については,何らの対応も採らずに廃業・倒産(特に倒産)された場合,自宅がなくなる,あるいは親族が請求される等のリスクがある。したがって,このような場合,倒産実務に明るい弁護士への相談が必要となる。
  また,廃業や倒産をご検討の事業者の方がよく心配されるのが粉飾決算をしている場合である。上場企業以外の中小事業者の方は,程度の差こそあれ,銀行対策のために粉飾決算をされていることが多い印象がある。特に,業績が不振で廃業や倒産を検討されているような事業者の場合は,その大半が粉飾をされている印象である。だからといって粉飾が正当化される訳ではないものの,廃業や倒産の場面で,粉飾が問題にされることはほとんどない。問題視されるのは,代表者が粉飾により捻出した資金を私的に流用していたような場合である。この場合,管財人や債権者が代表者に民事・刑事の責任を追及することとなる。このように,粉飾をされている場合でも,直ちに廃業や倒産を諦めるのではなく,倒産実務に明るい弁護士に相談し,正直に説明して廃業や倒産の可否や時期,方法等について助言を受けることをお勧めする。

 

6 廃業・倒産の手続について
  続いて,廃業・倒産をされることを決断された場合の手続について説明する。手続とはいっても,破産,特別清算あるいは内整理(会社更生,民事再生あるいはADR等,事業の継続を前提とする手続は,本トピックのテーマから外れるため,触れない。)の詳細を説明するのは膨大となるため,書籍に譲るとして,事業者の方々が懸念される手続の負担についてである。
 ⑴ 廃業の手続負担
   破産等の倒産手続をご自身でされる事業者はごくまれだと思われるので,倒産の手続負担の説明は後回しにして,まず廃業をご自身でされる場合について説明する。
   まず,従業員を解雇通知や解雇予告通知を発して解雇することが必要となる。即時解雇の場合は予告手当を支払う必要があり,離職票等の処理が必要となることはいうまでもない。ここで難しいのは,即時解雇する従業員と,廃業のために必要な業務のために必要な従業員の区別である。また,解雇に対する反発も受けるので,退職金の上乗せ等の対応も必要となる。場合によっては,法廷闘争となる可能性もある(ただし,新型コロナウイルス感染症の打撃が強烈な今廃業すれば,法廷闘争まで至るリスクは高くないと思われる。)。
   また,費用と時間がかかるのは,所有不動産や所有自動車の売却,賃借不動産の原状回復と明渡し,リース物件の特定と返還,金型等貸与物の返還,在庫商品の売却・処分,動産・設備の処分等である。特に急ぐのは,固定資産税・都市計画税,自動車税のかかる所有不動産や所有自動車の処分,賃料がかかる賃借不動産の原状回復と明渡しである。上記の従業員の解雇とも絡むが,一定の従業員の協力確保が不可欠である(場合によっては,一旦全員解雇した上で,一部従業員には日給を払って手伝ってもらう方法もある。)。
   さらに,精神的にも負担が重くなるのが,取引先や仕入先,下請業者に対する説明や補償である。もちろん,これもしないということも選択肢としてはありえるが,商道徳上,何らの対応もしないというのも考えものである。
   このように,廃業はご自身で行うことも不可能ではないものの,かなり負担が重いといわざるを得ない。これに対し,弁護士に廃業を任せれば,弁護士費用の経済的負担はあるものの,弁護士への帳簿類や情報提供,弁護士との打合せ,従業員説明会への出席等を除けば,手続上の負担はかなり軽減される。
   廃業を選択される場合は,ある程度資金的余裕はあると思われるので,倒産実務に明るい弁護士に委任されることも有力な選択肢である。
 ⑵ 倒産の手続負担
   倒産のうち破産,特別清算や内整理の場合,廃業と同様,弁護士への帳簿類や情報提供,弁護士との打合せ,裁判所での集会の列席等を除けば手続上の負担は重くない。もっとも,弁護士費用が必要なるほか,裁判所を利用する破産や特別清算の場合は予納金という経済的負担はある。

 

7 廃業・倒産のデメリットについて
  このように,倒産実務に明るい弁護士に委任すれば,廃業にせよ,倒産にせよ,予納金や弁護士費用などの経済的負担を除けば,さほど負担は重くない。
  もっとも,個人事業者あるいは事業者の代表者個人が破産した場合,免責許可を得られれば債務を免れるものの,少なくとも5年以上は金融業者からの借入れやクレジットカードの作成等ができないほか,銀行からの借入れも困難となるというデメリットはある。それ以外の場合も,金融機関や消費者金融等の借入金の返済を延滞し,あるいは弁護士を通じてこれらの業者と交渉した場合,金融業者からの借入れが一定期間難しくなる。
  この点を懸念される方も多いと思われるが,対応策はある。個別の状況によるため,ここでは触れることができないが,倒産実務に明るい弁護士に相談されたい。

 

8 事業承継の可能性について
  また,自主再建は難しくとも,他の同業者に事業承継させれば事業継続が可能であれば,事業承継も選択肢となる。
  もっとも,この場合でも,従業員の解雇等の合理化は不可欠であり,廃業や倒産よりも解雇の有効性等を争われるリスクが高くなる等の問題点がある。また,事業承継の方法や対価の決定方法等,事業承継の条件の決定に当たっては,税法も含めた専門的な知見が必要となる。この点,M&Aの仲介業者等も事業承継の契約書の雛型を持っているものの,所詮は雛型であり,個別の条件への対応は不十分であることが多い。事業承継に明るい弁護士への相談は不可欠であるし,税法も絡むため,事業承継税制に詳しい税理士への相談も不可欠である。

 

9 さいごに
  以上,廃業,倒産,事業承継等についてざっくりと説明してきた。ややもすれば廃業,倒産,事業承継を勧めるともとられかねない内容となっているが,あくまで,無理に事業を延命させるばかりが選択肢ではなく,廃業,倒産あるいは事業承継も決して悪い選択肢ではないことを示すものである。本トピックにより,血のにじむような思いで資金繰りに奔走する事業者の方々の精神的な負担が少しでも軽減されることを願うばかりである。
                                     以 上