2020年4月1日施行の改正道路交通法・道路運送車両法により、いわゆるレベル3(システムが全ての動的運転タスクを限定された運行設計領域において実行するが、作動継続が困難な場合は、システムの介入要求等に運転者が適切に応答する自動運転レベル)の自動運転車の公道走行が可能となった。
そして、現在、警察庁において、レベル4(システムが、全ての動的運転タスク及び作動継続が困難な場合への応答を、限定された運行設計領域において実行する自動運転レベル)やレベル5(システムが全ての動的運転タスク及び作動継続が困難な場合への応答を領域の限定なく実行する完全な自動運転レベル)の実用化を想定し、これらに対応するための道路交通法・道路運送車両法等の改正に向けた検討を行っている。令和3年12月23日付日本経済新聞夕刊の記事によれば、令和4年の通常国会に、過疎地の無人巡回バスの事業者等を念頭としたレベル4の自動運転車使用の許可制度を創設する道路交通法の改正案が提出されるとのことである。
とはいえ、レベル3の自動運転車の普及さえ緒に就いたばかりであり、レベル4、レベル5に至っては実用化に至っていないのが現状であるが、膨大な運転データの収集・検証、AI(人工知能)の急速な進化等に伴い、自動運転車の進化と普及が加速することも想定される。
今後、自動運転車の交通事故の法的責任についても、法制化による整理が行われていくことが想定されるが、現在のところは検討段階でその内容も具体化されていない。また、自動運転車の具体的な安全性能も明らかではなく、事例の集積も乏しい中ではあるが、以下では、現在の法制度を前提として、レベル3の自動運転車の死傷交通事故に関する刑事責任と民事上の責任を検討する。
1 道路交通法等の規定内容
道路運送車両法41条2項は、レベル3の自動運転車を前提に、自動運転車における「自動運行装置」について、「プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下同じ。)により自動的に自動車を運行させるために必要な、自動車の運行時の状態及び周囲の状況を検知するためのセンサー並びに当該センサーから送信された情報を処理するための電子計算機及びプログラムを主たる構成要素とする装置であつて、当該装置ごとに国土交通大臣が付する条件で使用される場合において、自動車を運行する者の操縦に係る認知、予測、判断及び操作に係る能力の全部を代替する機能を有し、かつ、当該機能の作動状態の確認に必要な情報を記録するための装置を備えるものをいう」と定義している。そして、同法47条は、自動車の使用者に対し、「自動車の点検をし、及び必要に応じ整備をすることにより、当該自動車を保安基準に適合するように維持」する義務を負わせている(なお、「保安基準」とは、「道路運送車両の構造及び装置が運行に十分堪え、操縦その他の使用のための作業に安全であるとともに、通行人その他に危害を与えないことを確保するものでなければなら」ないものとされている〔同法46条〕)。
その上で、道路交通法62条は、保安基準「に適合しないため交通の危険を生じさせ、又は他人に迷惑を及ぼすおそれがある車両等(整備不良車両)を運転させ、又は運転してはならない」ものと定めている(違反者には刑事罰もある〔同法119条1項5号、同条2項等。〕)。
2 運転者責任の原則
このように、道路交通法や道路運送車両法は、レベル3の自動運転車を前提に、従来どおり、自動車の運転者(使用者)に対し、保安基準への適合を含む安全確保の義務を負わせた上、保安基準等に適合しない整備不能車両の運転を禁じている。
したがって、死傷交通事故が発生した場合、従前どおり、自動車運転致死傷罪又は危険運転致死傷罪が適用されるのは運転者であり、自動車損害賠償保障法3条や民法上の不法行為に基づく損害賠償責任を負うのも運転者(ただし、正確には、自動車損害賠償保障法3条の場合の責任主体は運行供用者である。)ということになる。
3 例外の検討
しかし、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合、運転者は責任を負うか。
⑴ 刑事責任と不法行為責任について
自動車運転過失致死傷罪や民法上の不法行為の場合、過失が要件となる。そして、過失は、結果の予見可能性に基づく結果予見義務と結果回避可能性に基づく結果回避義務によって構成される。ところが、上記のように、自動車メーカーによって自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動が発生した場合、運転者には、自動運転へ移行し、これを維持することにより事故が発生することを予見することができず、予見可能性を欠くこととなる。
ここで、道路交通法や道路運送車両法によって運転者に保安基準の維持義務を課し、これに適合しない整備不良車両の運転が禁じられている点との関係性が問題となり得る。しかし、タイヤの空気圧低下やオイル漏れ等といった自動車の外観から判明する異常と異なり、自動運行装置の異常は、走行時の異音発生や、加速・減速異常、ハンドル操作上の違和感等の前駆症状でもない限り、警告表示がなければ、その発見はおよそ不可能である。
したがって、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合、運転者には過失がなく、自動車運転過失致死傷罪や不法行為は成立しないこととなるものと考えられる。
⑵ 運行供用者責任について
もっとも、運行供用者(「自動車の運行について事実上の支配力を有し、かつ、その運行による利益を享受していたもの」〔最高裁第1小法廷昭和44年9月18日判決〕)の損害賠償義務を定める自動車損害賠償保障法3条は、運行供用者が「被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明し」ない限り、損害賠償義務を免れないと定めている。
そして、後記4のとおり、第三者である自動車メーカーらに故意又は過失があったことや自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを立証することは非常に困難であるため、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合でも、運行供用者は、自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償責任を免れない。
したがって、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合、運転者が刑事責任や民法上の不法行為責任を問われることは考えにくいものの、運行供用者が損害賠償責任を免れることは著しく困難であると思われる。
4 運転者免責時の責任主体
次に、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合、自動車メーカー(自動運転装置の製造者が別にある場合はその製造者を含む。以下同じ。)や開発責任者らは責任を負うことになるのか。この点、自動運転車の型式認証等を行った国の担当者の刑事責任の有無や、国の国家賠償責任の有無も問題となるが、以下では、自動車メーカーや開発責任者らの責任の有無について検討する。なお、自動車メーカーや開発責任者らの刑事責任と民事上の責任は、運転者の場合に問題となるものとは異なるため、刑事責任と民事上の責任を分けて検討する。
⑴ 刑事責任
自動車運転過失致死傷罪や危険運転致死傷罪について定める自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律は、運転者の刑事責任を定めたものであるため、同法に自動車メーカーや開発責任者らへの適用はない。現時点で自動車メーカーや開発責任者らへの適用が考えられるのは、業務上過失致死傷罪(刑法211条)である。
業務上過失致死傷罪においては、過失の有無や因果関係が問題となる。
自動運転車を含む新型自動車の場合、国土交通省から型式認証を受けて販売されることもあり、自動運転車や自動運転装置の開発時の走行データや安全試験データ等の捏造や、製造時のプログラムミス等の証拠でもない限り、自動車メーカーや開発責任者らが上記のように予兆のない突発的誤作動の発生を予見しえたことを立証することは著しく困難であろう。
また、仮に上記のようなデータの捏造やプログラムミスの立証に成功したとしても、これらが予兆のない突発的誤作動を引き起こす原因となることまで立証しなければ、過失と死傷の結果との因果関係が立証されたことにはならず、ここまでの立証のハードルは極めて高いというべきである。
したがって、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより死傷交通事故が発生したような場合、自動車メーカーや開発責任者らが業務上過失致死傷罪に問われる可能性はかなり低いのではないかと思われる。
⑵ 民事上の責任
民事上の責任としてその適否が問題となるのは、製造物責任(製造物責任法3条)である。なお、民法上の不法行為責任の適否も問題となり、製造物責任と相違する点(20年の長期消滅時効、製造物のみが損害となる場合も含まれること等)はあるものの、製造物責任の場合、過失が要件とならないという大きな特長があるため、ここでは製造物責任についてのみ検討する。
製造物責任においては、欠陥、損害及び両者の因果関係が要件となる。
まず、欠陥とは、「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」をいうとされる(同法2条)。
ここで、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより交通事故が発生したような場合は、それ自体、自動運転車に欠陥があったことを示すものといえるため、欠陥の主張・立証のハードルは高くなさそうに思われるかもしれないが、実際には、被害者側は、「警告なく、誤作動が起きたこと」等を主張・立証しなければならず、決して主張・立証は容易ではない。しかし、被害者側が欠陥の立証に成功すれば、自動車の場合、誤作動により死傷を伴う事故発生の危険性が高いため、因果関係の立証はそれほど困難ではないと思われる(損害の主張・立証も必要となるが、通常の不法行為と差異がないため、ここでは割愛する。)。
これに対し、自動車メーカーとしては、マニュアル等で誤作動の可能性の注意・警告を行っていたとの反論や、開発危険の抗弁(「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」)の主張・立証を行うことが想定される(過失相殺も考えられるが、多種多様な事実に基づく主張が想定されるため、ここでは割愛する。)。まず、マニュアル等による誤作動の可能性の注意・警告については、誤作動を起こすことや、その際に事前の警告表示等がないことそのものが欠陥であり、抽象的にマニュアル等で誤作動の可能性の注意や警告を行っていただけでは、製造物責任を免れないであろう。一方、開発危険の抗弁は、自動車メーカーとして強力な武器となると思われる。自動車メーカーとしては、膨大な走行データや安全試験結果等を書証として提出するとともに、各種専門家の私的鑑定書を提出し、個々の探知装置や分析装置、走行装置の機能に問題がなく、引渡時点の知見では欠陥と認識しえなかったことを主張・立証していくことになると思われるが、自動運転車が新技術の融合された製造物の場合、比較的開発危険の抗弁の主張・立証は認められやすいのではないかと思われる(ただし、裁判所が自動車の危険性に鑑み、自動車メーカーに対して高度の立証を求める可能性も想定される。)。
このように、自動運転車が、自動車メーカーにより自動運転が許容されている状況の下で、何らの警告や予兆もなく、誤作動を起こしたことにより交通事故が発生したような場合の製造物責任の成否は、主として、被害者側による欠陥の主張・立証の成否と、自動車メーカーによる開発危険の抗弁の主張・立証の成否によることとなると思われる。
5 さいごに
以上、レベル3の自動運転車の死傷交通事故について、ごく粗い検討を行ってきた。法整備も十分とはいえず、事例の集積も乏しい中で、ごく単純化した仮想事例の検討を行ったものであるため、現実に発生する事案にそのまま当てはまるものではないこと、今後の法令の改正や自動運転車の性能向上等により結論等が大きく変わり得ることから、実際に自動運転車の死傷交通事故が発生した場合は、弁護士に相談されたい。
ここでは自動運転車の死傷交通事故を題材として法的責任を検討してきたが、一般的には安全性が高まるとされる自動運転車がさらに普及し、死傷交通事故を含む交通事故そのものの発生件数が減少することを願ってやまない。
以 上
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