1 はじめに
  現在、新型コロナウイルス流行が再拡大しており、2021年1月から再度の緊急事態宣言が発出され、さらに、2月以降も東京・神奈川・千葉・埼玉・愛知・岐阜・大阪・京都・福岡の10都府県において緊急事態宣言が延長された。このような新型コロナウイルスの再流行は、経済にも甚大な影響を与えており、特に中小企業にとっては深刻な結果をもたらしているものといえる。
そのような新型コロナウイルスの流行後、初めての決算時期がやってきた。おそらく多くの企業が大幅な減収に見舞われ、赤字決算を余儀なくされているのではないだろうか。
こういった減収、減益、赤字転落等の会社では、多くの企業の株式評価額が下がる可能性が高い。
他方で、近年、日本において中小企業の事業承継が大きな問題とされてきた。すなわち、中小企業は国内企業数の約99%を占めるにもかかわらず、事業承継が円滑に進まず、1999年から2015年までの15年間の間に約100万社が減少しており(参考:「中小企業白書」2016年度)、全国の経営者の平均年齢は59歳9カ月と過去最高水準になっている(参考:「事業承継ガイドライン」中小企業庁)。このような状況にもかかわらず、中小企業の事業承継は円滑には進んでいない。
その原因としては、後継者不足等の種々の要因が存在するが、その内の一つに株式評価額の上昇という問題も存在していた。
しかしながら、今般の新型コロナウイルス流行による景気悪化により株式評価額の下落が予測され、今まで株価が高止まりしていたことにより事業承継を躊躇していた企業にとっては、ある意味で事業承継を実行するのに適したタイミングであるともいえる。
そこで、本稿では新型コロナウイルスの影響下における事業承継について述べるものとする。

2 事業承継時に検討すべきこと
⑴ 事業承継か廃業・倒産か
  事業承継を検討にするにあたって準備・検討すべき事項としては、事業そのもの現状整理・将来性・後継者の確保等の種々の問題が存在する。そして、そもそも事業に将来性が無い場合は、むしろ事業承継ではなく、ある意味では積極的に廃業(場合によっては倒産)も一つの選択肢となるが、当該論点については、弊所智進トピック(2020年5月22日「事業継続の意味の再検討(廃業・事業承継・倒産選択の可能性)」執筆西口拓人弁護士)を参照されたい。
  以下では現在の新型コロナウイルス蔓延下における状況を脱した後には事業の将来性が存在する場合のものである。
⑵ 株式価値と事業承継コスト
本稿において着目すべきは、事業承継時に発生する税金等の金銭的コストの点である。事業承継時には、現経営者から後継者に対して、基本的には会社の株式(又は株式会社以外の場合は持分、出資持分のある医療法人の場合も持分、以下の「株式」には事業承継の対象となる「持分」も示すものとする。)を譲渡することが前提となる。
もっとも、そのような株式譲渡においては、株式価値に応じて贈与税・相続税等の各種の税金が発生する。これが事業承継には大きなハードルとして存在することになる。
ただ、今般の新型コロナウイルスの影響により、売上の減少が発生し、他方で、事業継続のための借入負債が増加し、その他固定資産等の資産価値の低下が生じている場合は、その結果、各種税金の対象となる株式価値の評価の低下が発生している可能性が高い。特に、医療法人についても窓口診療の報酬の大幅な減少や人件費の症状等が予測されることから、株式会社のみならず、医療法人にも当てはまるものであると考えられる。
その場合は、今まで株式価値が高すぎるゆえに事業承継が進んでいなかった企業や医療法人としては、積極的に事業承継を進めるべき好機であると考えられる。従前から事業承継に関する税制特例措置を利用することで納税猶予・免除を受けられる場合が用意されているが、多くの要件充足性が求められ、思うように利用することが困難であることが多かった。
もちろん、利用できる限りは、当該特例措置を利用しながら、すでに述べたように株式価値の低下時を利用して事業承継することでより事業承継コストを抑えることができる可能性が高くなることはいうまでもない。
もっとも、これらの株式価値の評価・事業承継税制の利用等の点については、正式には税理士に相談することをお勧めする。
ただ、新型コロナウイルスの影響による売り上げ減少に伴う株式価値が見込まれる場合は、上述のように事業承継コストを抑えることができるタイミングである可能性が高く、出来る限り早期に準備・検討に入ることが肝要であるといえる。
⑶ 経営者保証の承継問題
  また、上記の事業承継コストの問題の他に、経営者保証という大きな問題が存在する。すなわち、多くの企業の場合、金融機関から資金融資を受ける際は、企業の代表者(経営者)による個人保証を求められ、事業承継時には、旧経営者に代わって後継者にも個人保証を求められることが多く、それにより円滑な事業承継が阻害されてしまうという問題である。経営者保証の点については、直接に新型コロナウイルスの影響とは関係がないが、従前より事業承継時の大きな問題点として存在しており、以下のようなガイドラインも作成・適用が開始されていることから本稿において触れておくことにする。
この点については、令和2年4月より事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則が適用され、主に以下のような点が規定されている(参照:「https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news311224.pdf」)。
 ① 事業承継時の経営者保証の取扱いについては、原則として前経営者、後継者の双方から二重には保証と求めないものとし、例外的が認められるのは二重に保証を求めることが真に必要な場合に限る。
 ② 後継者に対し経営者保証を求めることは事業承継の阻害要因になり得ることから、後継者に当然に保証を引き継がせるのではなく、必要な情報開示を得た上で保証契約の必要性を改めて検討し、慎重に判断する。
 ③ 前経営者との保証契約については、前経営者が実質的な経営権・支配権を保有しているといった特別な事情がない限り、経営者以外の第三者保証を求めないことを原則とする融資慣行の確立が求められていることを踏まえて、保証契約の適切な見直し(解除も含む。)を検討することが求められる。
 ④ 保証契約を継続するにあたっては、主たる債務者(法人であることが多い)に何が原因で保証契約を外すことが出来ないかを基準を用いて説明し、どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるかなど、事業承継を契機とする保証解除に向けた必要な取り組みについて、主たる債務者の状況に応じて個別・具体的に説明することが求められる。

以上からすると、上記の特則が令和2年4月から適用されていることから、当該年度末を迎えた結果、事業承継に適する株式評価等の条件が揃っている場合は、当該特則を利用して経営者保証を解除・変更できるかどうかという点も主たる借入先金融機関と交渉することも可能な状況となっている。
そして、当該金融機関との交渉や企業内部で特則が適用される状況を充足しているかどうかという点については、弁護士等の専門家の協力を得ながら行っていることが望ましいものといえる。

3 まとめ
  新型コロナウイルスの影響を受けた初めての決算を迎える企業にとっては、売上の減少等から望ましくない結果が出てくる可能性が高いが、新型コロナウイルスによる影響は今後も永続するものであるとは考えられず、ワクチン接種等により近く大きく改善される問題であると考えられる。
  裏を返せばワクチン接種の進まない今が積極的な事業承継を進める好機である。このようにピンチをチャンスに変えることで、我が国経済の持続的発展に寄与されることを切に願う次第である。

                                以上