報道によると、高名な企業家であるイーロン・マスク氏が、ツイッター社を買収後から、大量の人員削減をはじめ様々な経費削減を進めているとのことである。以下では、ツイッター社の買収直後に行われた大規模なlayoff(レイオフ、一時帰休、一時解雇)、在宅勤務の禁止命令、長時間の猛烈な労働を受け入れるか退職するかの選択を迫る行為について、それぞれ、わが国の労働法上許容されるか否かを検討する。ただし、以下の検討は、主としてわが国の一般日刊紙に掲載された記事を前提として行うものであり、必ずしも事実と合致するものではないことにご留意頂きたい。また、類似の事案があったとしても、他の事実関係の相違により、同様の結論とならないことがあることにもご留意頂きたい。

 

 

1 買収直後の大規模なlayoffの可否

  一般日刊紙の報道では、イーロン・マスク氏によるツイッター社買収直後に行われたlayoffの詳細な条件までは明らかにされていない。もっとも、一般的に一時帰休又は一時解雇と訳されるlayoffは、再雇用を条件とすることもあるものの、実態的には解雇にほかならない。また、わが国においては、たとえ再雇用の余地があるとしても、労働契約が終了することとなる以上、解雇と解釈せざるを得ない(もっとも、再雇用の余地があることは、後述の整理解雇の手続の妥当性の要素等において考慮されることはあり得る。)。したがって、以下の検討においては、解雇、それも業績不振を理由とする整理解雇であることを前提に検討する。

  わが国の近時の裁判例では、整理解雇が有効か否かについて、人員削減の必要性、整理解雇選択の必要性、被解雇者選定の妥当性、手続の妥当性の4要素(要件)を検討して判断しているため、これに沿って検討する。

(1)人員削減の必要性

   報道によれば、ツイッター社の2022年第2四半期(同年4月~6月期)の決算は、売上高が前年同期比減であった一方で、人件費等が前年同期比で3割以上増加したため1株当たり損益は赤字となった。売上高減少の原因としては、イーロン・マスク氏による買収意向表明後の撤回等による混乱の影響も否定できないものの、ツイッター社の発表によれば「マクロ経済関連の逆風」による。他方、1株当たり損益の赤字は、売上高減少に加え、人件費等の大幅増を原因とするものであった。

   そうすると、「人員削減の必要性」はある程度認められるように思われる。

 

(2)整理解雇選択の必要性

   この「整理解雇選択の必要性」の要素は、4要素の中でも最も重要なウエイトを占める。そして、この要素において裁判例が重視するのは、解雇回避の努力の内容と程度である。解雇回避の努力として評価されうるのは、配置転換、出向、転籍等がありうるが、特に裁判例が解雇回避の努力として高く評価する傾向にあるのは、早期希望退職の募集である。

   いずれにせよ、わが国の裁判所は、解雇回避の努力を尽くしたか否かを重視することになるが、買収直後に解雇を通告することは、解雇回避の努力を尽くしたとは評価されないと思われる。

   したがって、「整理解雇選択の必要性」の要素は、認められないと思われる。

 

(3)被解雇者選定の妥当性

   「被解雇者選定の妥当性」は、被解雇者の選定方法に客観性・合理性があり、かつ、その選定方法に沿った適正に選定されることを測る要素である。

   この点については、報道からは明らかにされていないが、相当大規模なlayoffであったに鑑みれば、一定の基準に従った選定が行われたものと推測できる。しかし、イーロン・マスク氏が買収直後にlayoffを実行していることから、その基準が高度な客観性や合理性を具えているとは認められ難いと思われる。

   したがって、「被解雇者選定の妥当性」の要素は、一応認められるものの、その程度はあまり高くないと思われる。

 

(4)手続の妥当性

   「手続の妥当性」は、従業員への説明や、労働組合等従業員との協議の有無や程度を測る要素である。

   この要素に関しては、イーロン・マスク氏が買収直後にlayoffを実行していることから、事前に従業員への説明や協議を行う時間的余裕もなかったと思われ、全く認められないものと思われる。

 

(5)結論

   以上のとおり、買収直後の解雇は、「人員削減の必要性」の要素や「被解雇者選定の妥当性」の要素こそ一定程度認められるものの、その他の2要素については認められる可能性が低い以上、わが国においては、無効となる可能性が高いものと思われる。

 

 

2 在宅勤務の禁止命令

  在宅勤務を禁じ、出勤することを命じることの可否や限界については、既に智進トピックス「リモートワーク(在宅勤務)の中止・縮小と出勤命令の限界」(https://chishin-law.jp/blog/%e3%83%aa%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%ef%bc%88%e5%9c%a8%e5%ae%85%e5%8b%a4%e5%8b%99%ef%bc%89%e3%81%ae%e4%b8%ad%e6%ad%a2%e3%83%bb%e7%b8%ae%e5%b0%8f%e3%81%a8%e5%87%ba%e5%8b%a4/)で触れたことが相当程度当てはまる。詳細は、上記トピックスを参照されたい。

  就業規則等の諸規程や労働協約の定めにもよるが、リモートワークを中止・縮小し、出勤を命じることは、事業者の裁量によって決めることができる事項である。したがって、従業員は、リモートワークの中止や縮小に伴う出勤命令を拒否することができないのが原則であり、従業員が出勤命令を拒否することは、業務命令違反となり、戒告ないし訓戒の対象となるほか、これが繰り返されるようであれば、出勤停止、降格等のより重い懲戒処分のほか、普通解雇の対象となる。また、出勤命令を拒否し続ける従業員の許否の態様(他の従業員に出勤拒否を慫慂する等)によっては、懲戒解雇も選択肢となりうる。

  もっとも、リモートワークの長期間に及んだような場合や、事業者がリモートワークの恒久化ないし半恒久化の方針を明らかにしていた場合等、リモートワークの対象となっていた従業員にとって、そのリモートワークの中止や縮小が不意打ちになるような事態が起きないよう配慮する必要はある。具体的には、1週間に1日か2日程度の出勤を命じる程度の小幅なリモートワークの縮小はともかく、従前のリモートワークの期間、事業者の従業員に対するリモートワークの恒久化ないし半恒久化の告知の有無等にもよるが、本格的な出勤の2週間ないし1ヶ月程度の猶予期間を設けるか、徐々に1週間当たりの出勤日数を増やしていく等の激変緩和措置が必要となると思われる。仮に事業者が長期間リモートワークを実施してきたにもかかわらず、全く猶予期間を設けず、また激変緩和措置も講じることなく出勤を命じたとしても、そのような出勤命令は裁量権の逸脱又は濫用であり、許さないこととなろう。

  この点、報道を見る限り、ツイッター社では長期間にわたってリモートワークを実施されていた一方、買収直後に出勤命令が出されており事前に激変緩和措置や猶予期間を講じたことは窺えない。

  そうすると、わが国においては、このように買収直後の出勤命令は許されず、これに違反したとしても、直ちに懲戒や解雇をすることは困難と思われる。もっとも、かかる出勤命令後ある程度時間が経過したにもかかわらず特段に必要性もないのにリモートワークを継続する従業員に対しては、懲戒、場合によっては解雇も許容されることはありうると思われる(ただし、実際に懲戒や解雇を行う前に弁護士への相談が必須である。)。

 

 

3 長時間の猛烈な労働を受け入れるか退職するかの選択を迫る行為

  報道によると、イーロン・マスク氏は、ツイッター社の従業員に対し、2022年11月16日、「2022年11月17日午後5時(アメリカ合衆国東部時間)までに『長時間の猛烈な労働(原文:working long hours at high intensity)』にボタンをリンク上でクリックしなければ、3ヶ月分の解雇手当を受け取ることになる。」などといったメールのメールを送ったとのことである。

(1)週80時間労働との選択を迫ったものである場合

   イーロン・マスク氏のいう「長時間の猛烈な労働」の意味は、報道からは必ずしも判然としないが、一部海外メディアの報道によると、同氏はツイッター社の従業員に週80時間の労働を求めたとのことであり、そうすると、「長時間の猛烈な労働」にいう「長時間」とは法定労働時間を大幅に上回る長時間労働を指すものと思われる。

   わが国においては、労働基準法36条に基づく労使協定(いわゆる三六協定)が締結・届出されている限り、時間外労働を命じることは適法である。もっとも、法定労働時間を1週間当たり40時間超過する労働は、1ヶ月で見れば、1ヶ月当たり原則45時間という時間外労働の上限規制時間(労働基準法36条4項)を超えるばかりか、過労死ラインである100時間をも上回る時間外労働となる長時間労働である。そして、上記のような時間外労働の上限を超える時間外労働をさせた場合、罰則もある。このように罰則を伴う時間外労働の上限を超え、さらには過労死ラインをも大幅に上回るような時間外労働を命じることは当然許されない。

   したがって、わが国においては、このように違法な時間外労働か即時解雇を迫る行為も許容されず、これに応じなかった従業員の解雇は無効であるし、上記の行為そのものも慰謝料の対象となるものと思われる。

 

(2)時間外労働の上限時間以内の労働との選択を迫ったものである場合

   では、イーロン・マスク氏のいう「長時間の猛烈な労働」が週80時間労働を意味するものではなく、しかも時間外労働の上限時間以内の労働を意味するものと解した場合はどうであろうか。

   この場合は、わが国においては、三六協定が締結され届出されている限り、時間外労働は可能であることから、それを命じることは可能である。しかし、それでも「長時間の猛烈な労働」の意味は判然とせず、従業員から見れば、「長時間」や「猛烈な」という字義からは苛烈な労働が求められるものと受け取られるおそれがある。そうすると、仮に「長時間の猛烈な労働」が時間外労働の上限時間以内の労働を意味すると解したとしても、これと解雇の選択を迫る行為は、不法行為に当たり、慰謝料の対象となる可能性が高い。

   また、上記のような労働に賛成しなければ解雇するという手法は、その実質が賛成しない者を対象者とする整理解雇であると解釈される可能性が高い。そして、上記のような選択を迫った時期が買収後間もない時期である以上、上記1のとおりその解雇は無効とされる可能性が高い。したがって、わが国においては、上記に賛成の意思を表示しなかった従業員に対する解雇は無効となるものと思われる。

 

 

4 さいごに

  以上のとおり、イーロン・マスク氏がツイッター社買収後に行った労働施策は、わが国では許容されない可能性が高いものと思われる。とはいえ、イーロン・マスク氏の時に物議を醸す様々な手法によって、業績不振のツイッター社が復活を果たすのか、見守りたいと思う。

                                                     以上