現在、様々な業界で、ユーチューバー、インスタグラマー、ティックトッカーといったインフルエンサーを利用した販売促進が盛んに行われている。こういったインフルエンサーを利用した販売促進に関しては、令和5年10月1日に「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)5条3号によって不当表示に指定され、いわゆるステルスマーケティングが規制されることとなった。
しかし、インフルエンサーを利用した販売促進については、このようなステルスマーケティングによる景品表示法違反リスクに加え、特に有名インフルエンサーの場合、そのインフルエンサーの犯罪や素行不良等によるレピュテーションリスクも意識され始めている。そして、このインフルエンサーのレピュテーションリスクを避けるため、バーチャル・ユーチューバー(以下「Vtuber」という。)を起用する事業者も増加しているようである。
そこで、以下では、このようなVtuberを利用した販売促進の法的リスクと同リスクへの対応策について検討する。
1 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)への抵触リスク
まず、Vtuberに限らず、インフルエンサー一般に関係するリスクとして、令和6年11月1日に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)に抵触するリスクが考えられる。
フリーランス新法は、従業員のいない個人事業主や、役員が1名で従業員のいない法人に対し、物品の製造・加工、情報成果物(影像又は音声その他の音響により構成されるもの等)の作成、役務の提供を委託する場合に適用される。この法律が適用されると、業務委託者は、業務の内容、報酬の額、支払期日等を書面又は電磁的方法を明示し、あるいは報酬を60日以内に支払う義務を負うほか、受託者に責任がないにもかかわらず成果物等の受領の拒絶、報酬の減額、返品、利益の提供、やり直し等を行わせ、あるいはリベート等を提供させることが禁止される。業務を委託した事業者がこれらに違反した場合、公正取引委員会による勧告を受ける等の制裁を受けるおそれがある。なお、フリーランス新法については、公正取引委員会がその概要等を説明する特設サイトを設けている(https://www.jftc.go.jp/freelancelaw_2024/ )。
Vtuber等のインフルエンサーは、従業員のいない個人であることであることが多いものと思われる。また、こういった従業員のいない個人のインフルエンサーに販売促進を依頼する場合、画像や音声付きの動画のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に投稿し、又はSNS上で配信することを委託することとなるため、フリーランス新法が適用されることとなる。
したがって、Vtuber等のインフルエンサーに販売促進を依頼する場合、インフルエンサーが従業員のいない個人事業主か否かを確認することが必要不可欠である。そして、インフルエンサーが従業員のいない個人事業主である場合は、書面交付義務等、フリーランス新法を遵守する必要がある。
2 下請代金支払遅延等防止法(下請法)への抵触リスク
また.仮にフリーランス新法の適用がない法人のインフルエンサーであったとしても、資本金等の額が5000万円を超える事業者が、資本金等の額が5000万円以下の法人たるインフルエンサーに販売促進を依頼する場合や、資本金等の額が1000万円を超え5000万円以下の事業者が、資本金等の額が1000万円以下の法人たるインフルエンサーに販売促進を依頼する場合には、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の適用があり、上記1のフリーランス新法と同様な規定を遵守しなければならず、勧告を受けるリスクもある。
もっとも、法人のインフルエンサーは多くないと思われるため、これ以上の説明は省略する。下請法の規制内容については、公正取引委員会のホームページ(https://www.jftc.go.jp/shitauke/index.html)等を参照されたい。
3 「身バレ」リスク
Vtuberの場合、他のインフルエンサーと異なり、いわゆる「中の人」の正体が知られていないのが通常であるため、インフルエンサー自身の犯罪や素行不良等によるレピュテーションリスクが低いことが起用増加の背景にある。果たして、Vtuber起用に死角はないだろうか。
(1)Vtuberの場合、通常、「中の人」の正体が知られていないという特性があるが、そのような特性の反面として、「中の人」の正体が知られるリスク(いわゆる「身バレ」リスク)が考えられる。例えば、若い女性のキャラクターに扮し、しかも、その配信内容があたかも若い女性によるものと思わせるVtuberの「中の人」が、そのキャラクターのイメージとはかけ離れた人物(例えば、中高年の男性等)であることが暴露され、それが拡散されたような場合等には、そのVtuberのキャラクターイメージが低下し、そのフォロワー数や閲覧数も激減するおそれがある。
もちろん、このようなケースの場合、Vtuberの「中の人」に犯罪や素行不良等があったわけではないため、このVtuberに販売促進を依頼していた事業者のレピュテーションやイメージが低下するリスクは低いと思われる。しかしながら、そのVtuberのキャラクターイメージが悪化し、あるいはフォロワー数や閲覧数が激減したような場合には、期待した販売促進効果が得られないため、そのVtuberを利用した販売促進策は中止する必要が出てくる。
(2)しかも、このような場合、「中の人」の正体が暴露されたことについてVtuber自身に責任がないことが大半と思われ、起用した事業者がそのVtuberに対して債務不履行に基づく損害賠償や違約金(契約書等で定めた場合)を請求することは困難と思われる。
他方、Vtuber自身が「中の人」の正体を暴露した場合や、「中の人」の正体の暴露がVtuber側の情報管理上のミスによる流出等であった場合は、Vtuberに損害賠償や違約金(契約書等で定めた場合)を請求することができる可能性がある。
もっとも、Vtuberに販売促進を依頼する際には、キャラクターイメージ維持のためにVtuberと「中の人」が遵守すべき事項、契約期間中の最低フォロワー数等の条件に加え、損害賠償の対象となる事由や契約解除の事由、損害賠償の範囲等を契約書等で明確に定めておくことが望ましい。特に、違約金については、契約書等で定めない限り、以上のような事態が発生したとしても請求することができないので注意を要する。このような契約書等による対応は、フリーランス新法等への対応を兼ねることにもなるため、まさに一石二鳥である。
(3)また、Vtuberが犯罪行為や素行不良等を行っていた場合はどうであろうか。
まず、Vtuberの「中の人」の正体が暴露された上に、その犯罪行為や素行不良等が暴露され、そのVtuberのキャラクターイメージが悪化し、あるいはフォロワー数や閲覧数が激減したためにそのVtuberを利用した販売促進策を中止せざるを得なくなったような場合、Vtuberを起用した事業者が、Vtuberに対して損害賠償や違約金(契約書等で定めた場合)を請求しうることはわかりやすい。
それでは、Vtuberの「中の人」の正体が暴露(特定)されたわけではないものの、その「中の人」の犯罪行為や素行不良等が暴露された場合はどうか。この場合も、そのVtuberのキャラクターイメージが悪化し、あるいはフォロワー数や閲覧数が激減するものと考えられ、このVtuberに販売促進を依頼した事業者としては、その販売促進策を中止せざるを得なくなるものと考えられる。したがって、Vtuberに対して損害賠償や違約金(契約書等で定めた場合)を請求することができるものと思われる。
もっとも、いずれの場合においても、上記(2)のとおり、キャラクターイメージ維持のためにVtuberと「中の人」が遵守すべき事項、契約期間中の最低フォロワー数等の条件に加え、損害賠償の対象となる事由や契約解除の事由、損害賠償の範囲等で明確化しておくべきである。
(4)なお、Vtuberがそのユーチューブ上での言動によって炎上した結果、そのVtuberのフォロワー数や閲覧数が激減した場合はどうか。
この場合、その言動が差別的な発言や人格否定的な発言等の公序良俗に明確に反する発言であるような場合(もっとも、媒体がテレビ等のマスメディア媒体と異なるため、そのVtuberが元々一定程度公序良俗に反するような言動をするキャラクターであった場合は除く。)は別として、事業者がVtuberに対して損害賠償を請求することは困難と思われる。
そのため、このような場合にVtuberに責任を追及するためには、契約書等において、キャラクターイメージ維持のためにVtuberと「中の人」が遵守すべき事項や、契約期間中の最低フォロワー数、損害賠償の事由、違約金条項等を定めておくことが求められる。
4 さいごに
このように、Vtuberを利用した販売促進についても、他のインフルエンサーを利用した販売促進と同様の法的リスクに加え、他のインフルエンサーよは低いものの犯罪行為や素行不良等によるレピュテーションリスクがあり、さらに固有のリスクとして「身バレ」のリスクもある。今後も、Vtuberを利用した販売促進は拡大していくものと思われるが、事業者の皆様方におかれては、Vtuberの利用においてもリスクがあることを十分に理解されたい。そして、そのリスクの対応としては、委託時に、フリーランス新法所定の事項のほか、上述した諸条件を定めた契約書等を締結しておくことが必要である。
なお、このようなレピュテーションリスクがない販売促進策としては、生成AIの作り出したキャラクターによるライブ配信も考えられるが、この場合のリスクについては、当事務所のトピック「生成AIによるライブ配信型通信販売の問題点」(URLは以下のとおり)をご覧頂きたい。
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