2020年1月24日,「コロナウイルスを原因とする新型肺炎の企業への労務対策」の記事(https://chishin-law.jp/blog/コロナウイルスを原因とする新型肺炎の企業への/)を公開したが,その後,2020年2月1日から,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)の指定感染症(2類感染症相当。以下「2類感染症」という。)として指定されることとなった。これに伴い,コロナウイルスによる新型肺炎の労務対策は,変更が必要となる。以下,変更点には波線を付することとする。
1 感染拡大地域への出張
従業員に対して感染拡大地域への出張を命じることは,原則禁止とすべきであろう。仮に出張後,当該従業員が新型肺炎を発症した場合,企業として安全配慮義務違反の損害賠償義務を負わされるおそれがある。
以上の点については,新型肺炎が2類感染症に指定されたとしても,特段変更はない。
2 感染拡大地域からの帰任
(1)帰任の是非
従業員が新型肺炎の感染拡大地域にいる場合,武漢市及びその周辺のように交通が遮断されている場合は別として,帰任を命じるべきかどうかの判断は極めて難しい。
当該地域における感染拡大が深刻化している場合,新型肺炎により死者が多数出ているような場合,交通機関が混雑し帰任中に新型肺炎に感染する懸念がある場合等は,たとえ本人が希望したとしても,当該地域にとどまるよう指示するべきであろう。他方,上記のような事態に至っていない場合は,たとえ本人が希望したとしても,帰任させる方が安全かと思われる。
しかしながら,上記の判断は極めて難しく,顧問弁護士と相談して判断すべきであろう。もっとも,状況は時々刻々と変化するため,仮に今日は帰任させるべき状況があるとしても,明日には帰任させることが不適当な事態に陥っているような事態も十分に想定される。
いずれにせよ,迅速な判断が求められる。拙速な判断は避けるべきであるが,当該時点で合理的な方法で可能な限り収集した情報に基づいて帰任の可否を迅速かつ適切に判断したのであれば,仮に当該従業員が新型肺炎にかかったとしても,企業が安全配慮義務を負う可能性は高くないものと思われる。
以上の点については,新型肺炎が2類感染症となったとしても,特段変更はない。
(2)従業員が感染拡大地域から帰任した場合
従業員が感染拡大地域から帰任した場合,当該従業員に症状がなくとも,医師の診察を受けさせ,その新型肺炎にかかっていないことの確定診断が出るまでは,自宅待機を命じるべきであろう。このような措置を怠り,他の従業員に新型肺炎がうつるような事態が起これば,企業として安全配慮義務違反を負わされる可能性がある(もっとも,全く症状がなかった場合はその可能性は相対的に低くなる。)。この場合,企業は,自宅待機期間中,就業規則の規定内容により6割ないし満額の給与を支払う義務を負うことになる。もっとも,新型肺炎にかかっていることの確定診断が出た場合,労働基準法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないため,企業は,当該従業員に対する給与の支払義務を免れるものと思われる。
上記の点については,新型肺炎が2類感染症に指定されても変更はない。
ただし,2類感染症の場合,感染症法17条において,都道府県知事が「当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者」について医師の健康診断を受けるよう勧告することができるものとされ,この勧告に従わない場合でも,都道府県の職員が健康診断を行うことができるものとされている。そのため,当該従業員に発熱や咳等の症状がある場合は,企業としても,「当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者」に該当するものとして,医師の診察を受けさせる義務がより一層明白となるものと思われる。裏を返せば,従業員に発熱は咳等の症状がある場合に当該従業員に医師の診察を受けさせず,それにより他の従業員が新型肺炎を発症するような事態が発生すれば,企業として安全配慮義務違反を負わされる可能性が高いということとなるので,注意が必要である。
2 国内で感染が拡大した場合
(1)予防対応
高熱・咳等の症状が出た場合の申告義務化,マスクの支給・着用義務化,消毒液・スプレーの設置,消毒の徹底,不要不急の出張・外出の制限,ラッシュアワーを避ける時差通勤,自宅勤務,ワークシェア等の対応が考えられるが,安全配慮義務違反の有無に当たって重視されるのは,高熱・咳等の症状が出た場合の申告義務化,マスクの支給,消毒液・スプレーの設置等であると思われる。これらを怠って社内に新型肺炎の感染が拡大した場合,企業は安全配慮義務違反に問われる可能性は高いものと考えておくべきであろう。
上記の点については,新型肺炎が2類感染症に指定されても変更はない。
もっとも,新型肺炎が2類感染症に指定された以上,従業員の同居家族が新型肺炎の確定診断を受けた場合の申告義務化はもちろん,従業員の家族に高熱・咳等の症状が表れた場合も,申告義務化の対象とすることが求められることとなろう。具体的には,同居家族に摂氏39度以上の高熱が出た場合等,一定の基準を設けて申告義務の対象とすることが考えられる。
(2)社内で発症者が出た後の対応
新型肺炎を疑われる症状のある従業員が出た場合,当該従業員に自宅待機と医師への受診を命じることはもちろん,当該従業員と同一部署にいる等,当該従業員の近くで業務に従事し,休憩するなどした従業員を調査した上で,その従業員にも自宅待機及び医師への受診を命じるべきであろう。これを怠れば安全配慮義務違反のリスクが高まることになる。
上記感染拡大の調査が合理的な範囲かつ方法で行われていれば,仮に当該調査から漏れた従業員から新型肺炎が他の従業員に拡大したとしても,企業が安全配慮義務違反に問われる可能性は低いと思われる。
これら従業員に対する自宅待機中は,就業規則の規定内容により6割ないし満額の給与を支払う義務を負うこととなる。
上記の点は,新型肺炎が2類感染症に指定されても変更はない。
ただし,新型肺炎が2類感染症に指定された場合,新型肺炎にかかっていることの確定診断が出れば,労働安全衛生法61条1項本文により,就業が禁止されることなるため,労働基準法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないことがより一層明白となり,企業は,給与の支払義務を免れることとなる。
もっとも,労働安全衛生法61条1項ただし書に「伝染予防の措置をした場合」の例外規定が設けられているため,当該従業員が無症状の新型肺炎患者で,かつ,自宅勤務が可能な業務である場合,自宅勤務を行わせることが必要となる。このような従業員に対して漫然と就労を禁止した場合,企業として就業規則の規定内容により6割ないし満額の給与の支払を命じられるおそれがあることに注意が必要である。
(3)従業員の同居家族に発症者が出た場合の対応
従業員の同居家族に新型肺炎の発症者が出た場合,新型肺炎が2類感染症に指定された以上,当該従業員にも医師の受診と自宅待機を命じる義務がより一層明白となった(したがって,企業がこれを怠り,他の従業員が新型肺炎を発症した場合,安全配慮義務違反を免れられる可能性は低くなることとなる。)。
なお,この場合も,自宅待機中の給与は,6割ないし満額の給与を支払うこととなるが,当該従業員が新型肺炎の確定診断を受けた場合における給与の支払については,上記(2)の波線部分と同じである。
4 懲戒
以上のような帰任命令、現地滞在命令、申告義務,医師受診・自宅待機命令に違反した場合,就業規則の懲戒の規定にのっとり,業務命令違反,職場秩序紊乱,清潔保持義務違反等を理由に,当該従業員を処分することとなる。それ単独での懲戒処分の程度は,一概にいえないものの,違反の内容・程度や態様により、戒告,減給若しくは出勤停止と思われる。もっとも,管理職であった場合や,現実に当該従業員との濃厚接触により他の従業員や取引先等に新型肺炎に感染者が発生した場合,それによる死者が出た場合等は,降格もありうるものと思われる。いずれにせよ,懲戒処分の是非及び選択は,急ぐ必要もないことから,弁護士と相談し慎重に検討すべきである。
以上の点について特段変更はない。
以 上
2020年1月31日 弁護士 西口拓人
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