新型コロナウイルス感染症が深刻の度合いを強めている。
政府も,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,対象区域を東京都,大阪府等の7都府県とし,実施期間を令和2年4月7日から5月6日までとする緊急事態宣言を発令した。これを受け,東京都や大阪府等の自治体は,一部事業者を除く事業者に対し,原則在宅勤務(テレワーク)を要請している。
事業者各位におかれては,時間的に余裕がない中で,在宅勤務,時差出勤,隔日出勤のほか,雇用調整助成金を活用した休業(いわゆる一時帰休等)等,様々な対応を採られている。その中で,在宅勤務者らに対し,様々な指示を行っておられるが,その指示が業務命令として許されるのかが懸念されるようなものも散見される。
そこで,以下では,新型コロナウイルス感染症を理由とする業務命令の限界を検討する。
1 在宅勤務者の在宅勤務時間中の業務命令
(1)在宅勤務時間中の業務命令について
まず,事業者が,在宅勤務者に対し,在宅勤務時間中,在宅しての就業を命じることができることは言うまでもない。これに違反した従業員に対しては,通勤者と同様,その怠業の程度や情状等により,普通解雇や,懲戒解雇を含む懲戒処分も可能である。
(2)在宅勤務者の時間管理
在宅勤務者の就業時間管理については,事業者により,様々な工夫をされていると思われるが,ここでは,在宅勤務時間中,カメラによる管理が可能かを検討する。
在宅勤務者のプライバシーの懸念も考えられるが,在宅勤務者自身がカメラの設置場所を決められる上,休憩時間や在宅勤務時間外はカメラの動作を止めることもできるため,特段の問題はないものと思われる。事業者がカメラの映像データを保存することも許容されるものと思われるが,在宅勤務者の家族が映り込む可能性があるため,在宅勤務者に対し,事前に動画データを保存していることを告知した上で,家族らの映り込み防止のため,背景のぼかし機能等を説明する等すべきである。もっとも,容量の問題もあるため,実際に動画データを保存するのは,怠業が疑われる従業員らに限るのが現実的であろう。
もっとも,保育園の休園や介護施設のサービス停止が発生している状況下で,未就学児や要介護者を持つ従業員も在宅勤務することを想定すると,カメラによる管理のように厳格な就業時間管理が現実的ではないことも考えられる。そこで,未就学児や要介護者を持つものの,保育園や介護施設を利用できない状態にある在宅勤務者については,カメラ等による厳格な時間管理ではなく,日報等の提出や,一定期間毎に成果物を提出させる等の方法によるほかないのではないか。このような方法を採る場合,怠業防止等の効果の低下懸念は払拭できないものの,保育園の休園や介護施設のサービス停止等が発生している状況下で,事業者として代替サービスを提供できる状況にもない以上,やむを得ないというべきである。
2 就業時間外,休日あるいは休業中に関する業務命令
(1)まず,事業者が,政府や東京都・大阪府等の自粛要請に沿って,従業員に対し,抽象的に,就業時間外,休日あるいは休業中における不要不急の外出,帰省,旅行,緊急事態宣言の対象区域への移動等を控えるよう求めることは全く問題がなく,むしろ,社会的責任を全うするために当然の姿勢といえよう。
(2)また,事業者が,従業員に対し,就業時間外,休日あるいは休業中において,緊急事態宣言の対象区域内で従業員同士が酒食を共にすること,緊急事態宣言の対象区域内で取引先や仕入先と酒食を共にすること,緊急事態宣言の対象区域内のナイトクラブやライブハウス等多人数が集まる密閉空間に赴くこと,緊急事態宣言の対象区域外の従業員が緊急事態宣言の対象区域に移動すること(ただし,その性質上延期ができない近親者の葬儀列席のための移動等は除く。)を禁止すること等も,緊急事態宣言の実施期間内であれば正当化される余地はある。もっとも,違反者に対して懲戒処分をする場合でも,最も軽い戒告ないし訓戒程度にとどめるべきである。
(3)しかし,上場企業を含む事業者の中には,これを超えて,従業員に対し,懲戒等の威嚇の下で,就業時間外,休日ないし休業中において,外食,食料品や日用品の買い出し以外の外出,従業員以外の者との接触等まで禁止している事業者もあるようである。このような業務命令は許されるだろうか。
就業時間外,休日あるいは休業中においては,従業員は労働から完全に解放され,違法行為や事業者の信用を毀損する行為等がない限り,どのように過ごすのかは自由である。事業者が従業員の管理を行おうとすれば,それは従業員を指揮監督していることにほかならず,就業時間として,賃金の支払義務を免れないこととなる。このことは,新型インフルエンザ等対策特別措置法に強制力がない以上,緊急事態宣言の対象区域内でも変わらない。したがって,上記のような業務命令は,原則として許されず,これに違反したことを理由に当該従業員を処分することはできない。
ただし,就業時間外,休日あるいは休業中においても,酒食を繰り返し,その模様をソーシャル・ネットワーキング・システムに公開する等,殊更にこれを誇示するような行為は,他の従業員の士気にも関わり,場合によっては事業者の信用を毀損することにも繋がりかねないため,一定の処分が正当化されるものと思われる。ただし,その処分の程度としては,解雇は困難であり,懲戒処分としても,戒告ないし訓戒程度が通常であろう(現実に事業者の信用が毀損される事態となった場合は,より重い処分も選択肢となる。)。
(4)従業員に対し,就業時間外,休日ないし休業中において,外食,食料品や日用品の買い出し以外の外出,従業員以外の者との接触等を行う場合,外出先,目的あるいは接触者の報告を求め,これを怠り,あるいは虚偽の報告をした者を処分することは許されるか。
このような運用も,実質的に禁止と同様の効果があるため,原則として許されないものと思われる。そのため,違反者に対して処分を行うことはできないこととなろう。
なお,新型コロナウイルス感染症の症状のうち高熱,酷い咳症状あるいは呼吸困難等重篤な症状があるにもかかわらず,これを報告せず,外食等不要不急の外出を行った従業員に対しては,それ自体,接触した他者に対して傷害罪となり得る行為であるため,懲戒等の処分はありうるものと思われる。他者に感染させる故意があるような場合は,懲戒解雇もあり得よう。
3 「自粛うつ」と労働災害
では,事業者が,上記2(3)や(4)のように,違反者を処分するとの威嚇の下で,就業時間外,休日ないし休業中における外出や,人数を問わず他者の接触を禁止する等の過剰な対応を採り,これに盲目的に従った従業員がうつ病を発症した場合,労働災害(労働災害補償保険法にいう業務災害)となるかを検討する。
この点,就業時間外,休日ないし休業中という私的な時間における過ごし方によってうつ病を発生したのであり,単なる私傷病として健康保険法上の傷病手当金の給付対象にとどまるようにも思われる。しかし,上記2(3)や(4)のように,処分の威嚇をもって過剰な行動制限を命じている場合,まさにそのような行動制限に従うことは,それが業務そのものではないとしても,事業者の管理下で生じる事態であり,業務災害の1要件である業務遂行性を満たすこととなる可能性は十分あると考えられる。また,このように事業者の管理下にある従業員の行動の結果としてうつ病を発症したのであれば,業務災害のもう一つの要件である業務起因性も満たすこととなろう。
このように,上記2(3)や(4)のような業務指示をした結果,これに盲目的に従った従業員がうつ病を発症した場合,業務災害認定される可能性がある。
また,事業者も,従業員の精神状態の変調を把握しながら漫然と上記2(3)や(4)の業務指示を継続した等といった事情があれば,安全配慮義務違反として損害賠償義務を負うこととなるおそれがある。ここで難しいのは,裁判例の傾向として,こまめに従業員の心身の状態を把握している事業者ほどその変調を把握しやすいため安全配慮義務違反を問われるリスクが高い一方で,従業員の心身の状態把握に不熱心な事業者ほど心身の変調を把握しづらいため安全配慮義務違反と問われるリスクが低いという矛盾がある点である。とはいえ,従業員の心身の状態把握に不熱心な事業者であることは信用リスクを抱える上,そのような事業者であっても,従業員が業務災害認定を受ける可能性がある。さらにいえば,今後もこのような矛盾した裁判例の傾向が継続する保証もない。したがって,自宅勤務者に対しても,こまめに心身の状態を把握することが必要である。
4 事業者として採るべき対応
結局,新型インフルエンザ等対策特別措置法に強制力がないため,事業者としても,従業員に対し,就業時間外,休日あるいは休業中において,広く外出を禁止した上,その違反者を処分することは困難であるし,労働災害となり,ひいては損害賠償が生じるリスクを抱えている。
とはいえ,就業時間外,休日あるいは休業中の生活について何らの対応も採らないことは事業者の信用に関わるリスクとなり得る。
そこで,事業者としては,従業員に対し,就業時間外,休日あるいは休業中においても,違法行為や事業者の信用を毀損する行為のほか,現下の状況では処分の対象となる行為,場合により処分の対象となり得る行為,原則として許される行為等を類型毎に具体例を挙げて注意喚起する一方で,いわゆる「自粛うつ」の発生を防止するために従業員のこまめな心身の状態把握等に努めることが求められよう。
以 上
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