新型コロナウイルス感染症の感染拡大が止まらず、令和3年4月23日、対象区域を東京都、京都府、大阪府及び兵庫県、期間を令和3年4月25日から5月11日までとする3度目の緊急事態宣言が発出された。

 ワクチン接種も、調達難に加え、接種受付や現場の混乱により遅々として進んでおらず、医療従事者や高齢者等以外の一般国民まで広く接種が行われるまでにはまだまだ時間を要する見込みである。

 とはいえ、今後は、徐々にではあるものの、ワクチン接種が進められていくものと思われるため、事業者が従業員に対してワクチン接種を命じることができるか否かについて検討する。

 なお、以下は、あくまで、感染力が極めて強く、また重傷化リスクも高い上、効果的な治療薬もまだ見当たらない現下の新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況に限定した私見であり、新型コロナウイルス感染症拡大前に繰り返し流行してきたインフルエンザやその他の感染症への当てはめを想定したものではないし、また、今後ワクチンの接種が広がり相当数の国民が免疫を獲得するに至った場合への当てはめを想定したものでもないことに留意されたい。

1 医療従事者や介護職員に対するワクチン接種命令

 ⑴ 医療従事者や介護職員に対するワクチン接種命令の可否

   まず、医療従事者や介護職員の接種に必要なワクチンが十分確保されている状況においては、医療機関や介護施設の運営者が、医療従事者や介護職員に対してワクチン接種を命じられることに対する異論は少ないのではないかと思われる。

   このような医療従事者や介護職員に対するワクチン接種命令に関しては、予防接種法9条1項によりワクチン接種が努力義務とされていることとの関係が問題となり得る。しかし、同条項は、国民一般の接種努力義務を定めるものにすぎず、医療従事者や介護職員のように、高齢者や基礎疾患を有する等、新型コロナウイルス感染症の感染リスクの高い者と業務上接する者については、その従業員自身の安全確保(労働契約法5条)の観点からはもちろん、患者や利用者の安全確保の観点からも、医療機関や介護施設の運営者が、医療従事者や介護職員に対し、業務命令としてワクチン接種を命じることはできると考えられる(このように解さなければ、医療従事者や介護職員分のワクチンが十分確保されているにもかかわらずワクチン接種を命じることなく患者や利用者に感染させた医療機関や介護施設の運営者は、患者や利用者側から安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求を受けることとなりかねない。)。

 ⑵ ワクチン接種命令違反の医療従事者や介護職員に対する懲戒等の可否

   次に問題となるのは、医療従事者や介護職員の接種に必要なワクチンが十分確保されている状況において、医療機関や介護施設の運営者からワクチン接種を命じられたにもかかわらず医療従事者や介護職員がワクチン接種拒否、持病等の正当な理由なくワクチン接種遅延、あるいはワクチン接種の虚偽報告等、ワクチン接種命令に違反した場合、運営者が拒否者等に対して懲戒等の処分を行うことができるか否かである。

   上記⑴のとおり、医療従事者や介護職員は、感染リスクの高い高齢者らと接しており、自らはもちろん、患者や利用者の安全を確保する観点からワクチン接種を行うべき立場にある。しかも、ワクチン接種が可能な状況であるにもかかわらず、医療従事者や介護職員に対してワクチン接種を命じることなく、患者や利用者に感染させた場合、医療機関や介護施設の運営者は、患者や利用者側に対する安全配慮義務違反となりかねない。さらにいえば、患者や利用者のような感染リスクの高い者が集まる医療機関や介護施設においては、クラスター発生リスクも高く、仮にクラスターが発生すれば、病棟閉鎖や信用悪化により経営上致命的な打撃を受ける事態となる。

   したがって、医療従事者や介護職員の接種に必要なワクチンが十分確保されている状況において、正当な理由なく医療機関や介護施設の運営者からワクチン接種命令に違反した場合、医療機関や介護施設の運営者は、拒否者に対して懲戒等の処分を行うことができると考えられる。

 ⑶ ワクチン接種命令違反の医療従事者等に対する懲戒等の処分の内容

   では、上記⑵のような状況で医療機関や介護施設の運営者が正当理由のない拒否者に対して懲戒等の処分を行えるとして、具体的にどのような処分が可能であろうか。

   この点、医療従事者や介護施設の職員については、その業務の性質上、自らはもちろん患者や利用者に対する極めて高い感染リスクを抱えている上、配置転換の余地も乏しいと考えられるため、戒告や訓戒の懲戒処分が可能なことはもちろん、それより重い減給や出勤停止も可能ではないかと思われる。もっとも、実際に出勤停止までの重い懲戒処分を行うに当たっては、粘り強い説得、書面による警告、懲戒委員会による告知聴聞等の慎重な手続が必要であろうし、弁護士に対する事前の相談も必要不可欠である。

   また、人事考課としての降格やそれに伴う減給も可能と思われるし、懲戒処分等の処分にもかかわらず、ワクチン接種拒否を繰り返す医療従事者や介護職員については、普通解雇も可能であろう。なお、懲戒解雇は、ワクチン接種拒否を繰り返すだけでは有効と認められないと思われる。

2 教育従事者に対するワクチン接種命令

 ⑴ 教育従事者に対するワクチン接種命令の可否

   教育従事者の接種に必要なワクチンが十分確保されている状況にあることを前提として、教育従事者(塾・予備校講師を含む。以下同じ。)に対するワクチン接種命令は可能か。

   まず、リモートでの講義や授業が可能で、児童、生徒あるいは学生(以下、併せて「学生等」という。)との接触がない教育従事者に対するワクチン接種命令は困難であろう。また、塾や予備校についても、対面での交流による学生等の心身の健全の確保や保護者の就労への配慮等の見地から登校が不可欠な教育機関と異なり、リモートでの講義に特段の支障はないものと考えられるため、従業員に対するワクチン接種命令は、一般的に困難と考えられる(新型コロナウイルス感染症の感染拡大下においても、敢えて対面の指導を標榜する塾や予備校であることを知って就職した者に対しては、例外的にワクチン接種命令も可能であろう。)。

   他方、学生等と対面する教育従事者については、現在急速に感染を広げている変異型の新型コロナウイルス感染症が未成年者にも感染する可能性が指摘されている以上、教育従事者の安全はもちろん、学生等の安全を確保する必要がある。また、教育現場においては、特に年齢の低い学生等同士は密接な接触が不可避で、感染防止対策の徹底が困難であり、感染が始まれば瞬く間にクラスターが発生するリスクも高い。さらに、多数の学生等が通学する教育機関の場合、閉校による影響も大きい。

   したがって、教育従事者に対する接種に必要なワクチンが確保されていることを前提とした場合、学生等と対面する教育従事者に対しては、ワクチン接種命令は可能であると考えられる。

 ⑵ ワクチン接種命令違反の教育従事者に対する懲戒等の可否

   では、ワクチン接種命令が可能だとして、正当な理由なくワクチン接種命令に違反した教育従事者に対する懲戒処分等は可能であろうか。

   上記⑴のようなクラスター発生リスクの高い教育現場の特性や閉校による影響の大きさ等に鑑みれば、正当な理由なくワクチン接種命令に違反した教育従事者に対する懲戒処分等は可能と思われる。

 ⑶ ワクチン接種命令違反の教育従事者に対する懲戒等の処分の内容

   正当な理由の内ワクチン接種命令違反の教育従事者に対する懲戒等の処分としてはどのようなものが可能か。

   この点、教育従事者については、上記⑴のようなクラスター発生リスクの高い教育現場の特性や経営への打撃発生リスク等に鑑みれば、正当な理由なくワクチン接種命令に違反した教育従事者に対する懲戒処分として、戒告や訓戒の懲戒処分は可能と思われる。しかし、少なくとも一部についてはリモートによる講義や授業が可能と考えられるし、学生等と対面しない後方業務への配置転換の可能性も考えられる上、教育上の信念からのワクチン接種拒否も考えられることから、それより重い懲戒処分を行うことには慎重でなければならないものと思われる。戒告や訓戒より重い懲戒処分は、ワクチン接種命令違反を繰り返した場合に限られるものというべきであり、実際に行うに当たっては弁護士への相談が不可欠である。

   また、人事考課としての降格やそれに伴う減給も、慎重に考えるべきであり、そのような処分はワクチン接種命令違反を繰り返した場合等に限定すべきであろう。また、懲戒解雇はもちろん、普通解雇も困難と思われる。

3 接客業務従事者に対するワクチン接種命令

 ⑴ 接客業務従事者に対するワクチン接種命令の可否

   接客業務に従事する従業員の接種に必要なワクチンが十分確保されている状況にあることを前提として、このような接客業務従事者に対するワクチン接種命令は可能であろうか。

   まず、リモートでの接客が行われている接客業務従事者の場合、ワクチン接種命令は困難であろう。

   この理屈は、現にその事業者がリモートでの接客を行っていない場合や、リモートでの接客が困難でも遮蔽等により顧客との接触を回避する対応が可能な場合でも同様である。なぜなら、医療従事者や介護職員、あるいは教育機関における教育従事者と異なり、診察や介護の必要上、若しくは学生等の心身の健全の確保や保護者の就労への配慮等の見地等から、対面が求められている訳ではないためである。例外的にリモートでの接客や顧客との接触回避が可能な業務の従事者に対して接客ワクチン接種命令が許容されるのは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大下においても、敢えて対面での接客を標榜する事業者に就職した者に限られるであろう。

   結局、ワクチン接種命令が可能なのは、事実上、対面での接客が不可欠で、顧客との接触を回避する対応が不可能ないし困難な接客業務従事者となる。

 ⑵ ワクチン接種命令違反の接客業務従事者に対する懲戒等の処分の可否

   では、対面での接客が不可欠で顧客との接触を回避する対応が不可能ないし困難な接客業務従事者が正当な理由なくワクチン接種命令に違反した場合、懲戒等の処分は可能か。

   接客業の場合、その性質上、従業員が不特定多数の顧客に接するため、従業員自身が感染者と接触するという点で従業員の安全を確保する必要があることは当然のこと、一旦従業員が感染すれば顧客への感染を拡大する起点となりかねないこと、従業員又は顧客の感染判明が即座に営業停止や信用悪化に直結すること等から、正当な理由なくワクチン接種命令に違反した接客業務従事者に対して懲戒等の処分を行うことは可能であると考えられる。

 ⑶ ワクチン接種命令違反の接客業務従事者に対する懲戒等の処分の内容

   対面での接客が不可欠で顧客との接触を回避する対応が不可能ないし困難な接客業務従事者が正当な理由なくワクチン接種命令に違反した場合に行う懲戒等の処分として、どのようなものが可能であろうか。

   上記⑵のような接客業の性質に鑑みれば、正当な理由なくワクチン接種命令に違反した接客業務従事者に対して、戒告や訓戒の懲戒処分をすることは可能と思われる。もっとも、それより重い懲戒処分については、まずは接客業務以外の配置転換を検討すべきであるし、仮に配置転換が不可能であったとしても、医療従事者や介護職員、あるいは教育機関における教育従事者と異なり、診察や介護の必要上、若しくは学生等の心身の健全の確保や保護者の就労への配慮等の見地等から対面が求められている訳ではないため、より慎重であるべきと思われる。戒告や訓戒より重い懲戒処分は、ワクチン接種命令違反を繰り返す場合で、かつ、配置転換を拒否するか配置転換が不可能な場合に限定すべきである。また、実際に重い懲戒処分を行うに当たっては、事前の弁護士への相談は不可欠である。

   また、人事考課としての降格やそれに伴う減給も、慎重に考えるべきであり、そのような処分はワクチン接種命令違反を繰り返す場合で、かつ配置転換を拒否するか配置転換が不可能な場合に限定すべきであろう。また、懲戒解雇はもちろん、普通解雇も困難と思われる。

4 その他の業務の従事者に対するワクチン接種命令

 ⑴ その他の業務の従事者に対するワクチン接種命令の可否

   上記1ないし3以外の業務の従事者(以下「その他業務従事者」という。)の接種に必要なワクチンが十分に確保されている場合、その他業務従事者に対してワクチン接種を命じることができるか。

   その他業務従事者のうちリモート業務が可能な者に対するワクチン接種命令は困難である。また、その他業務従事者のうちリモート業務が困難でも、時差出勤や交代勤務による他の従業員との対面防止措置や、遮蔽措置等による感染防止対策が可能な場合も同様である。さらに、仮にこれらの対策がいずれも困難であるとしても、配置転換によって対応することも十分に可能と思われる。

   そして、昨年来のリモート勤務の拡大により、多くの業務について対面が不可欠とはいえないことが明らかになっている以上、その他業務従事者については、その全部ないし大半の業務についてリモートによる遂行が可能であるし、それが困難でも時差出勤や交代勤務による対面防止措置等の感染防止対策を徹底することは可能と思われる。

   そうすると、その他業務従事者に対してワクチン接種を命じることができるのは、事実上、事業規模や従業員数等に相当制約のある零細企業に限られるものというべきである。

 ⑵ ワクチン接種命令違反のその他業務従事者に対する懲戒等の処分

   では、ごく例外的にその他業務従事者に対してワクチン接種を命じることができる場合、懲戒等の処分は可能か。

   上記⑴のとおり、その他業務従事者の場合、リモートによって大半の業務遂行が可能で、他の従業員との対面防止措置や感染防止対策も可能である上、配置転換による対応も可能と考えられる。そして、例外的にワクチン接種命令が可能な零細企業において上記のような対応が採れないことについて、従業員に責任はない。

   そうすると、その他業務従事者が正当な理由なくワクチン接種命令に違反した場合の処分は、訓戒ないし戒告にとどめるべきで、それより重い懲戒処分や普通解雇は困難と思われる。

5 さいごに

  上記において業務の性質に着目してワクチン接種命令の可否等について検討してきたが、冒頭でも述べたとおり、上記は、感染力が極めて強く、また重傷化リスクも高い上、効果的な治療薬もまだ見当たらない現下の新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況に限定した私見であり、他の感染症を想定したものではないし、今後の新型コロナウイルス感染状況、効果的な治療薬の普及状況、集団免疫の獲得状況等を織り込んだものでもないことに留意されたい。

  事業者各位が従業員に対してワクチン接種命令を出すか否か等といった問題を検討しなければならない場面に直面することなく、新型コロナウイルス感染症が収束することを願ってやまない。

                                                       以上