1 はじめに
新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株による感染爆発第6波が到来し、連日の感染者急増が止まらず、2022年1月23日時点では東京・大阪などの大都市圏を中心にして1日の新規感染者数が過去最高となっている。このような感染爆発の一因として、既にワクチンを2回接種した者も感染するという、いわゆるブレイクスルー感染が影響している。
そのため、順次、医療従事者等や高齢者施設等の入所者等、その他高齢者(65歳以上)に3回目接種が実施されている状況にある。
このような感染状況においても事業者は営業活動を止めることは出来ないため、1回目・2回目接種(以下1回目・2回目接種を併せて「初回等接種」という。)の時と同様に、事業者が従業員に対して、3回目のワクチン接種(以下新型コロナウイルスワクチンの3回目接種のことを「ブースター接種」という。)を命じることができるか否かについて検討する。
なお、新型コロナウイルスワクチンの初回等接種を命じることができるかどうかという点については、弊所トピックス2021年4月26日西口拓人弁護士執筆記事(新型コロナウイルス感染症のワクチン接種命令に関する諸問題 | 智進法律事務所 (chishin-law.jp))を参考にされたい。
もっとも、ブースター接種においても副反応の発生が予測される点、ワクチンの効果という点、従業員においても既にワクチン接種の経験があるという点等から、初回等接種とは異なる考慮要素もあり、ブースター接種特有の問題を孕んでいる。
2 ブースター接種命令の可否を検討するうえでの事業者の分類
ブースター接種命令の可否を検討する前提として、全ての事業者を一括して検討するのではなく、特に事業者としてブースター接種を受ける必要性が高いと思われる事業者ごとに分類して検討することが必要となる。その検討のための分類としては、ここでは便宜、厚生労働省「追加接種(3回目接種)についてのお知らせ」(参考リンク:新型コロナワクチンの追加接種(3回目接種)についてのお知らせ|厚生労働省 (mhlw.go.jp))の「特に接種をお勧めする方」という項目に記載されている一般的に新型コロナウイルスによる重症化リスク等の危険が指摘されている以下の点に関わる事業者をまずは検討対象にする。
上記厚生労働省HPで挙げられている項目を引用すると、
・高齢者、基礎疾患を有する方などの「重症化リスクが高い方」
・重症化リスクが高い方の関係者・介助者(介護従事者など)などの「重症化リスクが高い方との接触が多い方」
・医療従事者などの「職業上の理由などによりウイルス曝露リスクが高い方」
とされている。
これを参考にすると、まずは医療従事者・高齢者介護施設の職員が特に接種を推奨される業種であり、この事業者が従業員に対してブースター接種を命じることができるかを検討する。
その後、順次、学校職員等の教育関係従事者、接客業務従事者をそれぞれ比較しながらブースター接種命令の可否を検討していくこととしたい。
3 医療従事者・高齢者介護施設の職員に対するブースター接種命令等
⑴ ブースター接種命令の可否
まず、このような事業を提供している事業者として考えるべきは、従業員自身の安全確保及びその事業の提供を受ける患者や利用者の安全確保であることは初回等接種の際と同様である。
他方、初回等接種とブースター接種との相違点として、①ワクチンの有効性の程度(デルタ株等と比較して感染予防効果は劣るものの、初回等接種後おおむね20週経過以降は発症予防効果が大きく減退するとされる、ブースター接種の結果、発症予防及び重症化予防にはそれなりに効果があるとされている。)、②初回等接種時の副反応の有無及び程度、③オミクロン株自体の特性(一般的に感染力は強いが、発症リスク・重症化リスク等の毒性は低いとされている)が挙げられるので、これらを考慮してブースター接種命令の可否を検討することが求められる。
上記①のようなワクチンの効果からすると、やはり重症化リスクの高い基礎疾患患者や高齢者と接する医療従事者・高齢者介護施設の職員に対するブースター接種命令を肯定する要素となると考えらえる。
また、ブースター接種においては、既に各従業員自身の初回等接種時の副反応の有無及び程度が経験として存在している(上記②)。それゆえ、仮に、初回等接種時の副反応が無いか又は数日以内に回復する程度であれば、ブースター接種命令を肯定する要素となるが、他方で、重篤な副反応が発生した従業員に対しては、業務命令としてのブースター接種命令を命じるのは当該従業員の安全確保という側面から否定される要素となると考えられる。
そして、上記③のオミクロン株自体の特性のうち、弱毒性という点からすると、ブースター接種命令を肯定する要素とはなりにくいが、やはり感染力が強く医療施設・高齢者介護施設という利用者の重篤化リスクが高く、かつ、新型コロナウイルスに曝露する可能性が高い事業であるという特性の点からは、なおブースター接種による安全確保の必要性は高いものといえる。
上記の点に加えて、医療従事者・高齢者介護施設の職員については、前掲の厚生労働省HPの「特に接種をお勧めする方」という項目に正に該当するということに加えて、当該施設の従業員においてクラスター等が発生してしまうと、当該施設の運営・維持自体が困難になるという懸念(実際に、第6波の初期の沖縄県においては濃厚接触者とされ欠勤の医療従事者が730人にも上っている。参考:中等症251人 濃厚接触で欠勤の医療従事者730人 沖縄、感染ピーク後の実態 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp))もある。
以上からすると、医療従事者・高齢者介護施設の職員に対するブースター接種命令の可否については、初回等接種時の副反応が重篤である等の事情を慎重に検討したうえで、医療施設等の特性を考慮してもブースター接種命令が不合理かつ権限の濫用といえる事情が無い限り、肯定され得るものと考えられる。
⑵ 懲戒処分の可否等
ブースター接種命令が肯定されたとして、それに違反した場合に懲戒処分等が可能かどうかという点について検討する。
仮に、ブースター接種命令が肯定されるとしても、それに従わない従業員に対する懲戒処分等はワクチン接種によるリスクが排除できない以上、慎重に検討しなければならない。
そこで、懲戒処分という強い手続きの検討の前段階として、接種をしていない従業員をウイルスの曝露リスクの低い又は患者・利用者等との接触が低い部署への異動が可能かどうかを検討し、従業員又は患者・利用者等の安全確保という目的のもとで、最小限の人事異動をすることは許容され得るものと考えられる。もちろん、このような取り扱いは不当な目的で行うことが出来ず、権利濫用に該当しない目的・手段で行う必要があることは言うまでもない。なお、当該部分につき、厚生労働省HPにも注意書きが掲載されているので参考にされたい(参考リンク:新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)のうち、「問12 新型コロナウイルスワクチンを接種していない労働者を、人接することのない業務に配置転換することはできますか。」)
そして、上記のような対応が困難な場合に、具体的な懲戒処分の可否を検討することになるが、この点については初回等接種に関する前掲西口弁護士の記事と同様に、従業員の個別事情、粘り強い説得、書面による警告、懲戒委員会による告知聴聞等の慎重な手続きを経て、一定の処分を行うことは可能であると考えられる。
他方、懲戒処分に関しては、前掲厚生労働省Q&Aの「問11 新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否した労働者を、解雇、雇止めすることはできますか。」という項目において、同省の回答として「新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否したことのみを理由として解雇、雇止めを行うことは許されるものではありません。」と記載がされている。もっとも、当該記載は、非常に抽象的で、職種や業務内容等の具体的な検討はなく、単なる同省の願望に留まると考えられる。
ただし、訴訟等で争われた場合には、参考にされる可能性が無い訳ではなく、事業者としては、少なくとも解雇、雇止めという強い処分を行うことには極めて慎重になる必要があると考えらえる。
なお、それらの行為を行う前には弁護士に対する事前かつ詳細な相談が必要になることはもちろんである。
4 学校等の教育関係従事者に対するブースター接種命令等について
⑴ ブースター接種命令の可否
学校等の教育関係従事者に対するブースター接種命令においても、医療従事者等における検討と同様の点が考慮要素となる。
学校等の教育関係従事者については、その業務が長いコロナ禍においてリモート対応が可能とされている点、若年層に関してはオミクロン株の発症率、重症化率も低いとの指摘もあり、医療従事者等とは異なる要素も存在する。それゆえ、これらを考慮すると、ブースター接種命令を行うことは原則として困難と考えるのが穏当である。
もっとも、受験生を受け持つ年齢の学年に関わる教育関係従事者については一概に判断することは出来ないと考えられる。なぜなら、先日の共通テストにおいて受験生の陽性者・濃厚接触者への対応が二転・三転したように受験生にとっては新型コロナウイルスへの感染・濃厚接触の有無は大きな影響を与える事情になる。また、オミクロン株の感染力が従来株よりも強く感染対策の徹底のみでは感染をどこまで防止できるのかという問題点も存在する。
これらの事情を考慮すると、既に初回接種等を受けている教育関係従事者であり、かつ、受験生に関与する者に対しては、ブースター接種命令を行うことは肯定される余地があると考えられる。ただし、初回等接種を受けているとしてもその際の副反応等の個人的な事情があるかどうかという点も含めて慎重に検討するべきである。
⑵ 懲戒処分の可否等
上記のとおり例外的にブースター接種命令を行うことができるという前提に立った場合に、それに従わない従業員に対して、懲戒処分が可能かどうかを検討する。
この点については、当該従業員が受験生に関与しないという方法の検討を並行しつつ、やはり医療従事者等の場合と同様の考慮をもって、判断せざるを得ないと考えられる。ただし、受験生に対する受け持ちに限定されるという見解に立てば、それに関する配置転換等による対応やリモート対応は、医療従事者等の場合よりも比較的容易であるため、他の代替手段等の検討については、より厳しく判断される可能性がある。それらも含めて事前の弁護士への相談は不可欠である。
5 接客業務従事者に対するブースター接種命令等
⑴ ブースター接種命令の可否
接客業務従事者については、基本的には、初回等接種の場合と同様に考えられる(初回等接種命令については、前掲西口弁護士記事参照 以下同様。)。
他方、今回のオミクロン株の強い感染力による感染爆発は、過去最高の感染者に達している状況であり、その結果、国民の生活維持に深く関わるサービス業の人員確保にも深刻な事態をもたらしている状況にある。大手スーパーでは、オミクロン株の影響により深刻な人員不足が発生した場合は、衣料品等の部門等の人員を食品売り場の維持を最優先して回すということも発表されている状況にある。
このような社会生活インフラに強く関わるような業種又は部門の従業員に対しては、よりブースター接種命令が肯定される要素になると考えられる。
⑵ 懲戒処分の可否等
接客業務従事者についての懲戒処分の可否等についても、基本的には初回等接種の場合と同様に考えられるが、上記⑴で述べたオミクロン株の特徴から来る社会生活インフラに強く関わるような業務又は部門については、それが肯定される一要素となるものである。
ただし、これについてはやはり初回等接種の場合と同様に相当制約されるものであるものであり、懲戒処分等の判断には慎重である必要があり、弁護士への相談が不可欠である。
6 さいごに
新型コロナウイルスのオミクロン株に対応するためのブースター接種が開始されることで、初回等接種と同様の事業者の従業員に対する接種命令及びそれに違反した場合の懲戒処分の可否等について検討して来たが、上記の各見解はあくまで私見であることは留意されたい。
日本で新型コロナウイルスの感染拡大が発生してから約2年が経過し、この間にウイルス株の変異が繰り返されているが、早期に新型コロナウイルスの猛威が収まり、日常が返ってくることを願ってやまない。
以上
※本トピック掲載の記事につきましては、転載自由となっております。
転載された場合、転載先のサイト様を紹介させて頂きますので、是非ご連絡いただければと存じます。
この弁護士に相談が出来る、智進ダイレクトへ