1 はじめに
新型コロナウイルスの感染収束のためにはワクチン接種が肝であり、徐々にワクチン接種者も増加している状況にある。特に、大企業では職域接種も開始しており、企業としては、従業員に対し、積極的にワクチン接種を促し、業務の円滑化を目指したいところであろう。そうすると、新型コロナウイルスの感染予防の観点から控えざるを得なかった出張(国内・国外を含む。)や転勤を本格的に再開することも検討を開始することになる。
すなわち、企業としては、ワクチン接種者に対する業務命令としての出張・転勤を命ずることができるのかを検討しなければならない。特に、緊急事態宣言対象地域である東京・沖縄(令和3年7月21日時点)、まん延防止等重点措置地域である埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府などの感染拡大地域(令和3年7月21日時点)への出張・転勤は慎重に検討する必要がある。
もっとも、ワクチン接種をしたとしても、もちろん感染を完全に予防することは出来ないことは周知の事実である。特に、現在のワクチンがいわゆる変異株(デルタ株等)に対する有効性も疑問視されているところである。
この状況下において、企業がワクチン接種者に対して、出張・転勤の業務命令を出すことについての考察を行いたい。
2 ワクチン接種者に対する出張・転勤命令について
ワクチン接種者に対する出張・転勤命令を出す場合、以下では特に、国内であれば緊急事態宣言対象地域や、まん延防止等重点措置地域などの感染拡大地域への出張・転勤の可否、そして、国外の変異株感染拡大地域への出張・転勤の可否について検討する。
⑴ 国内の感染拡大地域の場合
新型コロナウイルスが発生・感染拡大した当初は治療法もなく、もちろんワクチンも存在しない状況であれば、企業としては、従業員に対して感染拡大地域に対する出張・転勤命令については控えざるを得ない状況であった(2020年1月24日「コロナウイルスを原因とする新型肺炎への企業の労務対策」執筆西口拓人弁護士)。そうしなければ、従業員に対する安全配慮義務に反する可能性が高かったといえる。
他方、現在は明確な治療方法は確立されていないが、一定の予防効果(重症化の防止)の認められるワクチンが開発され、その接種が急がれており、従業員がワクチン接種をしているのであれば、上記のような感染拡大当初とは状況が異なっている。
では、ワクチン接種者の従業員に対し、感染拡大地域への出張・転勤命令は可能だろうか。
当該出張・転勤命令の必要性・相当性が充たされている状況であれば、一定の場合の感染拡大地域への出張・転勤命令も安全配慮義務を考慮しても許される場合があると考えられる。
出張・転勤命令の必要性という意味では、新型コロナウイルスの蔓延が開始されてから、既に約1年半以上が経過しており、企業の経済活動としての必要性は高まっているといえよう。また、相当性という意味では、企業としては、テレワーク・リモートワーク等により出張・転勤を代替することができるかという点は十分に考慮する必要があり、実際に出張・転勤で現地へと赴くことが相当であるという判断は厳格になされなければならないだろう。
また、そもそもワクチン接種者に対して命令を下すとしても、その前提としてマスク着用・手指消毒等の基本的な感染防止策の実施を励行、場合によってはそのための支給等も行い、移動においても感染リスクを抑えるための時差移動、感染防止対策の徹底された移動手段や宿泊先施設の選定、出張先又転勤先の感染防止対策の徹底等の配慮をしなければならないことは言うまでもない。
さらに、必要性に応じて、ワクチン接種後に当該従業員が、新型コロナウイルスに対する抗体を保有しているかどうかの抗体検査による確認も必要であるし、それを実施しておくことで安全配慮義務を果たしていたと判断される可能性は高まるであろう。
そのうえで、
したがって、上記のような点を考慮し、国内の感染拡大地域であろうと該当地域への出張・転勤命令の必要性・相当性が充たされる場合は、安全配慮義務を考慮しても可能とされる場合があると考えられる。
⑵ 国外の感染拡大地域の場合
国外の感染拡大地域であっても基本的な思考過程は同様である。
しかしながら、特にインドやその他のいわゆる変異株の感染拡大地域については、極めて慎重に判断する必要がある。
特に、ワクチンの有効性が疑問視されている変異株の感染拡大地域においては当該地域への出張・転勤命令は安全配慮義務に反しないためには、必要性・相当性の判断においても相当高度な蓋然性が要求されるといえる。また、上述した抗体検査は必須ともいえるものといえる。
3 さいごに
新型コロナウイルスによる経済活動への影響はいまだに甚大であるが、ワクチン接種が進むことで徐々に経済活動を再開させていく必要がある。そのような中で、ワクチン接種者に対する業務命令の限界という点は、そのような移行期特有の課題であるといえる。企業としては、そのような移行期であっても課せられた安全配慮義務を考慮しながら、業務命令の可否を判断していくことが肝要であろう。
以上
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