1 はじめに

  現在、新型コロナウイルス流行の第3波の兆候が見られ、今後、冬に向かうに連れ、さらなる蔓延が社会全体として危惧される状況にある。

  そのような状況において、東京・大阪・兵庫・京都・北海道等のうち大都市圏を中心に再び大規模な自粛要請が出されることが予測される(現時点では、飲食店等の営業時間の自粛等が予測される。)。

  そして、企業においては、そのような自粛要請が予測される中(又は発令された場合)で、さらに従業員の在宅勤務(テレワーク・リモートワーク)を推進・継続していかざるを得ない状況にある。

  また、併せて従業員に対する飲み会の参加の禁止等を含む自粛・自宅待機を命じるところも増加することになるだろう。なお、このような命令自体の有効性については、弊所智進トピック(2020年4月15日掲載「新型コロナウイルス感染症を理由とする業務命令の限界」執筆西口拓人弁護士)を参照されたい。

  もっとも、そのような在宅勤務・自宅待機命令に関しては、かつて、これほどまでの規模で実施されたことは他に例がなく、それを命じられた従業員としても普段の職場勤務形態とは大幅に異なる職場環境となるため、多大な精神的・身体的ストレスを被ることになる。

  そこで、そのようなストレスを原因として、従業員がうつ病・肥満等の生活習慣病を発症してしまった場合に、企業としてどのような法的責任を負う可能性があるかという点について検討しておく必要がある。

 

2 業務上の疾病といえるか

⑴ 業務起因性

  労働災害として認定されるためには、従業員の発症したうつ病等が「業務上の疾病」に該当するかどうかということが問題となり、その中でも「業務起因性」(労働者の被った傷病等の間に一定の因果関係が存在するかどうか)が認められるかということが最大の争点となる。

  ここで典型的な業務起因性が認められる場合としては、ある企業が、化学薬品工場を運営しており、そこで有害物質の管理等が不十分であったがゆえに、そこで働く従業員が、当該有害物質に曝され、それを原因として当該有害物質特有の病気等を発症したという場合である。

  このような場面であれば、従業員の労働環境内に原因が存在し、それに従業員が晒され、特定の病気を発症したという業務起因性は比較的明確であり、業務上の疾病と認められやすい。

⑵ 在宅勤務とうつ病の業務起因性

  しかしながら、今回の検討対象のような在宅勤務・自宅待機命令に伴ううつ病等の発症の場合は、このような明確性はなく、その判断は困難を伴うものである。

  そして、在宅勤務の場合は、確かに従前の職場環境から大きな変更を余儀なくされるものであるが、それ自体は違法ではなく、かつ、新型コロナウイルス蔓延の社会状況の下においては必要かつ相当なものであり、通常であれば、そのような職場環境の変化によりうつ病等を発症したとしても業務起因性が認められる可能性は極めて低いと考えられる。

  他方、仮に企業が従業員に対して、在宅勤務を命じていながら業務が遂行できるような設備(パソコン環境等を含む。)等の提供を一切せず、あるいは業務遂行に不可欠なデータへのアクセスが出来ない状況に置くなど従業員が在宅勤務を成し得ないような状況であることを認知しつつ、何らの代替措置を検討せず在宅勤務を命じ続け、それにより従業員が多大なストレスを被りうつ病を発症したような場合は別途検討を要する。

  このような場合、ポイントは企業が在宅勤務を命じたという点ではなく、在宅勤務を実現するための環境の形成・維持を怠ったという点である。企業が在宅勤務を命じながら、従業員が業務を遂行できないか、遂行できるとしてもそれが困難であるにもかかわらず、殊更に在宅勤務を命じ、結果として、それが実行できないことを理由に叱責等(ノルマを課しその実現ができないことにより殊更に低い評価をする等)をすることは、それ自体が一種のハラスメントに該当する可能性がある。このような状況下で、企業としての従業員に対する適切な職場環境の維持を怠り、それにより従業員がうつ病等を発症した場合は、業務との相当因果関係が認められ、業務起因性が認定される可能性がある。

  また、同様の問題として、企業が従業員に対し、在宅勤務を命じ、かつ、それに必要なパソコンやシステム等の供与をしたが、当該従業員が高齢等の理由で対応スキルがなく当該パソコンやシステムの適切な利用が出来ないことを知りつつ放置し、あるいは従前の職務に比して著しく高度なスキルが求められる業務を命じておきながら、何らの研修等の対応を実施しなかった結果、うつ病を発症したという場合が考えられる。このような場合は、企業としては必要な設備等を与えているという点で上記事案と異なるが、設備等の利用の方法を教示したり、スキルアップの機会を与えたりしていないという点が問題になる。

これをどこまで企業として行うべきかについては、一律に論じることは困難である。もっとも、在宅勤務を命じたことにより今まで当該従業員が利用したことのない設備やシステムの利用を余儀無くされる場合は、最低限それに関する事前説明や研修会等を実施する必要はある。また、さらに従前の職務に比して高度なスキルが求められる結果となる場合は、それに対応したスキルアップの機会を与えることは必要になるであろう。企業がこのような対応を取らなかったがゆえに在宅勤務を命じて当該従業員が業務を遂行できない状況に晒されストレスによりうつ病等を発症した場合は、業務起因性が認められる可能性も生じるであろう。他方、企業がこのように在宅勤務を一般的な従業員を基準として実現可能な対応をしたにもかかわらず、特定の従業員が設備等を利用できず、それをストレスに感じてうつ病を発症したという場合は、業務起因性が認められる可能性は低いものと考えられる。

⑶ 在宅勤務と過労死

  さらに、在宅勤務の場合は、従業員の職場と家庭が同一になり、いつでも自宅で仕事が出来てしまうという環境に置かれてしまうため、従業員によっては長時間労働を余儀なくされ、結果として、過労によりうつ病(場合によっては自殺)を発症してしまう可能性も危惧される。これに関しては、企業としては、在宅勤務であったとしても従業員の労働時間を適切に管理し、長時間労働が発生しないようにする義務があるため、それを怠り、従業員が結果として長時間労働による過労となり、うつ病を発症した場合は、業務起因性が認められる可能性が高くなるので、その点は、企業として十分に労働時間管理を徹底しておくべきである。

  なお、在宅勤務時の残業等の問題については、弊所智進トピック(2020年2月27日「新型コロナウイルスの蔓延に伴う在宅勤務(テレワーク)・時差出勤に関する給与・残業代等の諸問題について」拙稿)を参照されたい。

⑶ 在宅勤務と肥満等の生活習慣病の業務起因性

  在宅勤務を命じた結果、従業員の外出機会が減少し、それにより運動不足等により肥満等の生活習慣病を発症する可能性がある。

  そのような場合に業務起因性が認められるかという点については、基本的には認められないものと考えられる。なぜなら、企業が在宅勤務を命じたとしても、それ自体は従業員の業務時間外の運動や外出を禁じるものではないため、肥満等の生活習慣病の発症については、結局は業務時間外の従業員の自己管理の問題に起因するものであり、業務との起因性が認められるとは通常考えられないからである。

  もっとも、単なる在宅勤務を超えて、従業員に強い外出制限を課すようなことを企業が行った場合は、別途検討の余地があるが、そもそもそのような強い外出制限を課すような業務命令自体が認められない可能性が高いことは把握しておくべきである。

 

3 まとめ

  在宅勤務とうつ病の発症との間には、うつ病という心因性の疾病であることから因果関係が不明確である場合が多く、基本的には業務起因性が認められる可能性は低いと考えられるが、企業としては、上記で述べたような在宅勤務とそれを適切に実現するための職場環境の維持、それに加えて労働時間管理を行っておくべきであり、それらを行うことが従業員の健康と安全を守るためには肝要であるといえる。

                                                                           以上