1 はじめに
  昨今、兵庫県知事に関する様々な疑惑を第三者に告発した者に対する対応の是非が大きな問題となっている。これは告発者の行った告発行為が公益通報者保護法により保護されるべきであったのか、兵庫県知事の告発者に対する判断、対処が、公益通報者保護法に則った適正なものであったのか等のことが問題となっている。兵庫県知事の問題に限らず、民間企業、事業者等においても一定数の不祥事の発生は不可避的であるが、公益通報者保護制度は、そのような不祥事への監視機能を有しており、不祥事の予防効果が期待され、かつ、組織・団体における自浄作用を発揮、促進させるうえで、近年、さらに重要性を増しているところである。
  また、公益通報者保護法は、2022(令和4)年6月に大きな改正がなされており、体制整備義務の新設等の重要な改正もなされた。そのため、公益通報者保護法に関しては、兵庫県に関する問題は対岸の火事とはいえないものであり、民間企業、事業者においてもしっかりとその制度を把握し、必要な規程の整備等が必要である。
  そこで、以下では、公益通報者保護法の制度概要を述べ、民間企業、事業者における留意点を概説する。

2 公益通報者保護法の制度概要
⑴  公益通報の定義
そもそも公益通報とは何かということが重要になるが、公益通報者保護法では、①不正の目的ではなく、②労働者、退職者、派遣労働者、役員、取引先の労働者等が、③通報対象事実が発生、又は、まさに発生しようとしていることを、④公益通報者保護法で定められた3つの通報先のいずれかに通報すること、とされている。もっとも、これらの要件については、要件該当性について、不明確な部分も多々あるところであり、それら全てについて触れることは出来ないが、ここでは特に民間企業、事業者において留意するべきことに限って触れておくものとする。
「不正の目的」については、公益通報者保護法上の正確な表現は「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他不正の目的」とされている。この条文規定のみでは、不正目的かどうかの認定は、実務上は通報者の感情等も含んだ内容になっていることもあり、難しい場面も多くあると考えられる。しかしながら、民間企業、事業者側としては、全部にわたって誹謗中傷する内容であったり、感情の羅列であったりする等の一見して不正目的であると判断できる場合を除き、原則として、不正目的として門前払いしないことが重要であるといえる。これは通報内容の大部分が誹謗中傷や利益を図る目的であったとしても、そうではない部分も含まれている可能性があり、後者の部分を見落とすことのリスクの方が経営上のリスクとしては大きいといえるからである。そして、このような判断においては当事者が判断するのではなく、外部の第三者(弁護士等)の客観的な意見を求めることも重要であることはいうまでもない。
「労働者、退職者、派遣労働者、役員、取引先の労働者等」については、次の者が含まれる。労働者、退職者には正社員のみならず、パート、アルバイトも含み、かつ、退職後1年以内の者も含まれる。また、派遣労働者についても同様に含まれ、かつ、役務提供後1年以内の者も含まれるということには留意されたい。さらに、取引先の労働者等も含まれるため業務委託やフリーランス契約により取引をした者も含まれることになる。
「通報対象事実」については、公益通報者保護法が定めた通報の対象となる法令違反事実であり、かつ、刑事罰・過料の対象となる不正である必要がある。もっとも、これに関しては、弁護士等の法律専門家に相談しなければ判断は難しいといえよう。
「3つの通報先」については、事業者(内部通報)、行政機関、報道機関等の3つに大別される。それに加えて、そのいずれに通報するかによって、通報者が保護される要件が異なる。事業者(内部通報)であれば「不正があると思料すること」、行政機関であれば「不正があると信ずるに足りる相当の理由があること、又は、不正があると思料し、氏名などを記載した書面を提出すること」、報道機関等であれば「不正があると信ずるに足りる相当の理由があること、および、一定の事由(内部通報では解雇されそうな事由、生命・身体への危害、財産への重大な損害が発生する事由等)があること」が保護の条件となる。
以上のように、公益通報といえるためには、様々な要件の該当性、解釈が問題となるため、原則として、それらの判断等においては弁護士等の専門家に確認する等が肝要であることは改めて述べておきたい。
⑵ 保護の内容
上記⑴で述べた公益通報に該当するような場合は、民間企業、事業者としては、通報者に対する解雇、降格、減給その他の不利益な取り扱いは禁止される。そして、公益通報により損害が発生したとしても、通報者に対する損害賠償請求は制限される。

2 事業者の体制整備義務
  このような公益通報を適切に機能させるためには、そもそも民間企業、事業者がそのための体制を整備しておかなければ、公益通報は機能しない。そこで、公益通報者保護法は、改正により一定の事業者について、公益通報のための体制整備義務を課している。
  公益通報者保護法は、「常時使用する労働者の数が300人以下の事業者」については、公益通報のための体制整備を努力義務としているが、それを超える労働者を使用している事業者には体制整備を法的義務として定めている。つまり、「301人以上の労働者」を使用している場合は、公益通報のための体制整備を整えていなければ、違法ということになる。ここでいう労働者には、正社員のみならずアルバイト、パートも含む(ただし、役員は労働者には該当しない)。
  それゆえ、『301人以上』の労働者を使用している事業者の場合は、公益通報者保護法に基づき、公益通報(内部通報)に適切に対応するために必要な体制整備(具体的には、公益通報者保護のための社内規程の整備、窓口の設置、公益通報対応業務従事者の指定等)を行う法的な義務がある。
  もっとも、2023年11月に株式会社帝国データバンクが行った企業に対する調査(公益通報者保護制度に関する企業の意識調査 (tdb.co.jp))では、従業員数が「301~1000人」の企業での公益通報者保護法への対応は約58%、「1000人超」の企業でも対応しているのは約70%に留まってしまっているとのデータがあり、体制整備義務のある事業者でも対応が不十分な企業、事業者が多く存在していることが明らかになっている。
  しかしながら、公益通報者保護法に基づく体制整備義務を遵守しないことは、経営上のリスクとなるものであり、以下では、その点について言及する。
なお、『300人以下』の労働者を使用している事業者の場合は、法的義務ではなく、努力義務に留まっているが、できる限り体制整備を行うべきであるといえるであろう。

3 体制整備義務の重要性(リスク把握の必要性)
⑴ 役員としての法令順守義務違反に問われるリスク
  既に述べたとおり、公益通報者保護法による体制整備義務を課される企業においては、それらに対応しないことは明確な法令違反となる。そして、企業における取締役等の役員には、会社法上の法令順守義務が定められている。そうすると、体制整備義務が課されているにもかかわらず、それらを整備せずに、会社に損害が発生した場合は、第三者に対する損害賠償、株主代表訴訟のリスクに役員自身が曝されるリスクがある。
⑵ 将来の事業譲渡・M&Aにおいて問われるリスク
  公益通報者保護に基づく体制整備が存在しないと、企業が将来的に事業譲渡・M&Aを検討する際に、ネガティブ要素とされる可能性がある。公益通報者保護という制度自体は、既に述べたとおり組織の不祥事の予防、自浄作用のために不可欠であるところ、それらが整備されていないということは、当該企業のコンプライスが万全になされていないという評価に結びついてしまうということになる。そうなると、事業譲渡・M&Aの際には、法務調査(法務デューデリジェンス)がなされることになるが、その際のネガティブ要素として指摘を受けることとなり、その結果、譲渡価格の減額の根拠になってしまう可能性がある。

3 さいごに
  このように公益通報者保護法に対する理解や保護のための体制整備については、民間企業、事業者にとってもリスクとなるものであり、法的な整備義務がある場合はもちろん、それ以外の場合であっても将来の企業価値の上昇等のために体制整備をすることが重要であるといえる。
  昨今の兵庫県知事の問題をきっかけにして、民間企業、事業者においても公益通報者保護は重要な経営課題であるということを認識し、さらなる企業発展のためにしっかりとした対応をされることを願う次第である。

                                以上