新型コロナウイルス感染症については、乾燥した冬の到来にもかかわらず、新規陽性者、重傷者、死亡者のいずれも少ない状態が続いている。他国では、デルタ株による新規陽性者が十分に減らないまま、ワクチンが十分に機能しないともいわれるオミクロン株が蔓延しつつある状況にあるが、幸いなことに、わが国では、現在(令和3年12月15日時点)のところ、未だその広がりは限定的である。
このような状況の下、リモートワーク(在宅勤務、テレワーク)を実施してきた事業者の中には、リモートワークを中止又は縮小し、出勤を命じる事業者も増えつつある。他方、リモートワーク(在宅勤務)によって、通勤時間を回避して余暇やリカレント(学び直し)の時間を確保でき、また未成熟子の養育や要介護家族の介護が可能となる等のメリットを享受してきた従業員にとっては、リモートワークの中止又は縮小は打撃となる。
社会・経済活動が正常化しつつある今、アフターコロナ又はウィズコロナの動きの一環として上記のような動きが出てきたものであるが、以下では、リモートワークの中止又は縮小に伴う出勤命令の限界等について検討する。
1 原則
就業規則等の諸規程や労働協約の定めにもよるが、リモートワークの中止や縮小は、事業者の裁量によって決めることができる事項である。したがって、従業員は、リモートワークの中止や縮小に伴う出勤命令を拒否することができないのが大原則である。
そうすると、従業員が出勤命令を拒否することは、業務命令違反となり、戒告ないし訓戒の対象となるほか、これが繰り返されるようであれば、出勤停止、降格等のより重い懲戒処分のほか、普通解雇の対象となる。また、出勤命令を拒否し続ける従業員の許否の態様(他の従業員に出勤拒否を慫慂する等)によっては、懲戒解雇も選択肢となりうる。
2 経過措置の必要性
もっとも、たとえ事業者がその裁量によってリモートワークを中止又は縮小することができるとはいえ、そのリモートワークの期間が3ヶ月以上に及んだような場合や、事業者がリモートワークの恒久化ないし半恒久化の方針を明らかにしていた場合等、リモートワークの対象となっていた従業員にとって、そのリモートワークの中止や縮小が不意打ちになるような事態が起きないよう配慮する必要はあろう。
具体的には、1週間に1日か2日程度の出勤を命じる程度の小幅なリモートワークの縮小はともかく、従前のリモートワークの期間、事業者の従業員に対するリモートワークの恒久化ないし半恒久化の告知の有無等にもよるが、本格的な出勤の2週間ないし1ヶ月程度の猶予期間を設けるか、徐々に1週間当たりの出勤日数を増やしていく等の激変緩和措置が必要となろう。
仮に事業者が長期間リモートワークを実施してきたにもかかわらず、全く猶予期間を設けず、また激変緩和措置も講じることなく出勤を命じたとしても、そのような出勤命令は裁量権の逸脱又は濫用であり、許さないこととなろう。したがって、このような出勤命令の違反を理由とする従業員に対する懲戒処分や普通解雇は無効となることも考えられるので慎重な対応が求められる。
3 出勤命令の限界
上記2のとおり事業者が猶予期間を設け、あるいは激変緩和措置を講じた上で出勤命令をした場合、これに従わない従業員に対して懲戒処分や普通解雇等の対応をとることが許されることになるが、いかなる場合でもそれは適法であろうか。以下、例外の可能性について検討する。
⑴ 勤務場所限定による例外
当然のことであるが、労働契約や労働協約により勤務場所が自宅に限定されている従業員に対する出勤命令は、その同意がない限り許されない。
⑵ 従業員の個別事情による例外
従業員が、①事業者のリモートワークの恒久化ないし半恒久化の方針を受け、あるいは事業者の指示又は推奨の下でリモートワークのために多額の設備投資を行い、かつ事業者がその投資の費用の大半を負担していない場合や、②未成熟子又は要介護者がおり、かつ保育施設又は介護施設が利用できない常況にある場合等の出勤が困難な事情がある場合、上記の個別事情による障害が解消されない限り、出勤命令は権利の濫用として許されないものと考えられる。なお、上記②の点に関連して、最高裁第2小法廷昭和61年7月14日判決(最高裁判所裁判集民事148号281頁)は、配置転換について「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」を許さないものと判示している。
⑶ 新型コロナウイルスの感染状況による例外
出勤先の同一部署に新型コロナウイルス感染症の陽性者又は熱・咳症状のある従業員がいる場合において、リモートワークを中止又は縮小し、出勤命令をすることは、許されるか。
たとえワクチンを2回接種者であっても感染する可能性があるオミクロン株の感染が静かにではあるものの広がりつつある現状においては、出勤の必要性が明らかではない従業員に対して出勤を命じることは、権利の濫用として許されない可能性がある。
これに対し、上記のように出勤先の同一部署に新型コロナウイルス感染症への感染が疑われる従業員がいる場合ではなく、単に出勤先の地域を対象地域とする緊急事態宣言が発出されているのみの場合、従業員が出勤命令を拒否することは許されない。もっとも、この場合の出勤命令拒否者に対する処分は、その拒否者の職務が出勤を要する程度にもよるが、せいぜい出勤停止程度が限界で、普通解雇までは困難な場合が多いのではないかと思われる(ただし、出勤命令違反を繰り返す場合は普通解雇等も可能となろう。)。
⑷ 出勤命令対象者の選定による例外
テレワークの中止又は縮小が事業者の裁量によって決められる以上、出勤命令を命じる対象者についても事業者の裁量により決めることができる。
もっとも、事業者が、退職に追い込む目的で、職務の性質上さほど出勤させる必要が高くないにもかかわらず、未成熟子又は要介護者を持ち、保育施設又は介護施設の利用が困難な従業員のみを選んで出勤を命じたような場合は、権利の濫用として許されないこととなる可能性がある。
4 さいごに
以上、リモートワークの中止又は縮小とそれに伴う出勤命令が原則的に許されることとその例外について検討してきた。もっとも、これは、新型コロナウイルス感染症のワクチンが普及等によりデルタ株が収束したものの、ワクチン2回接種者へのブレークスルー感染の可能性が指摘されるオミクロン株の感染が徐々に広がる可能性がある現状における私見であり、他の感染症を想定したものではないし、今後のオミクロン株等の感染拡大状況、治療薬の開発・普及状況、オミクロン株にも相当程度有効なワクチンの接種状況、集団免疫の獲得状況等を織り込んだものでもないことに留意されたい。
また、実際に懲戒処分や普通解雇を検討する際には、実際に処分や解雇を行う前、できる限り早期に弁護士にご相談いただくことをお勧めする。
デルタ株、オミクロン株その他の変異株のいずれにせよ、早期に人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝ち、その恐怖を感じることなく多様な勤務形態が拡大することによって事業者の皆様の業績が改善・拡大されることを切に祈念している。
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