新型コロナウイルス感染症による感染者の発生が続いている。

 政府は,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,令和3年1月7日,対象区域を東京都,神奈川県,埼玉県及び千葉県を対象区域とする2度目の緊急事態宣言を発出した。その後,令和3年1月13日には,大阪府,兵庫県,京都府,福岡県,愛知県,岐阜県及び栃木県を対象区域に追加した。その期間は,当初令和3年2月7日までとされたが,令和3年3月7日までに延長されている(ただし,栃木県については対象区域から外されている。)。

 そして,政府は,緊急事態宣言の対象区域内の事業者に対し,テレワーク(リモートワーク,在宅勤務),ローテーション勤務,時差通勤等の徹底を要請している。

 事業者各位におかれては,既に令和2年4月7日に発出された1度目の緊急事態宣言の時期前後から,鋭意様々な対応に取り組まれ,かなり習熟されていることと思われる。このうちテレワーク(リモートワーク,在宅勤務)については,従業員のプライベート空間かつ遠隔ゆえに特有の問題が発生する。以下では,そのうちテレワークに関する費用負担について取り上げる。

 なお,テレワークにおけるセクシャルハラスメントやパワーハラスメントに関する問題については,田中駿弁護士の令和2年5月12日付智進トピックス「在宅勤務(テレワーク・リモートワーク)におけるセクハラ・パワハラの問題について」

https://chishinlaw.jp/blog/%e5%9c%a8%e5%ae%85%e5%8b%a4%e5%8b%99%ef%bc%88%e3%83%86%e3%83%ac%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%83%bb%e3%83%aa%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%ef%bc%89%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91/)を、新型コロナウイルス感染症を理由とする業務命令の限界については,令和2年4月15日付の拙稿智進トピックス「新型コロナウイルス感染症を理由とする業務命令の限界」(https://chishin-law.jp/blog/%e6%96%b0%e5%9e%8b%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%a6%e3%82%a4%e3%83%ab%e3%82%b9%e6%84%9f%e6%9f%93%e7%97%87%e3%82%92%e7%90%86%e7%94%b1%e3%81%a8%e3%81%99%e3%82%8b%e6%a5%ad%e5%8b%99%e5%91%bd%e4%bb%a4/)をそれぞれ参照されたい。

 

 

1 テレワークのインフラ費用について

(1)パソコンの購入費用について

   まず,テレワークのインフラに当たるのがパソコンである。

  ① 従業員が従前よりパソコン等を所有していた場合等

    テレワークを命じられる前からパソコンを所有していた場合,事業者がパソコン等の端末を従業員に貸与ないし買い与   える場合,あるいは事業主がパソコンの購入費を全額補助する場合は問題がない。

    なお,事業者がパソコンの購入費用を全額補助した場合において,事業者が所有権を留保する場合,当該パソコンが事業者の所有に属することを示すラベルを貼付する等の対応が必要となる。

  ② 従業員がパソコンを購入した場合

    従業員がテレワークを命じられたのを機にパソコンを購入し,又は買い替えた場合,その購入費用は誰が負担すべきか。パソコンは私的な利用が可能であり,原則としてパソコンの購入費用は,従業員の負担となるものと思われる。

    しかし,最近は,パソコンを持たず,専らスマートフォン等のモバイル端末で生活している者も多く,専らテレワークに使用するためにパソコンの購入を余儀なくされたと主張する従業員に対しては,どう考えるか。この場合でも,原則としてパソコンの購入費用を事業主が負担する義務はなく,従業員において負担すべきものと思われる。ただし,事業者が,パソコンを持たない従業員から,モバイル端末でリモートワークをしたいとの申し入れを受けながら,これを拒絶し,パソコンの購入を指示した場合等には,事業者がパソコンの購入費用を負担すべきものと思われる。なお,事業者が負担すべきパソコンの購入費用は,パソコンを従業員が私的に利用することも可能であることから,テレワークにおいて通常求められる程度のスペックのパソコン購入費用相当額の半額ないし7割にとどまるものと思われるが,事業者がパソコンのメーカー,機種,スペック等を詳細に指定していたような場合には事業者の負担額は高くなるものと考えられる。

 

(2)通信費用について

   テレワークのインフラの中核は通信環境である。

   テレワークに用いる端末がパソコンであると,スマートフォン等のモバイル端末であるとを問わず,通信環境がなければテレワークは不可能である。そして,テレワークにおいては,ウェブ会議が行われることから,高速かつ大容量の情報通信が可能な通信環境が不可欠であり,音声通話の時間も増加する。これらに伴い,従業員の通信費用が増加する場合があるが,その増加費用は誰が負担すべきか。

  ① 音声通信費用(電話代)について

    まず,音声通信費用(電話代)がテレワーク前よりも増加している場合,その増加費用は事業者において負担すべきこととなるのが原則である。

    ただし,増加費用全額が業務に関わるものとは限らず,事業者が負担すべき増加費用は,業務時間中かつ業務に関連する音声通話にかかるものに限られることとなる。もっとも,業務内外の区別は著しく煩雑かつ困難であり,増加費用の一定割合(7,8割程度か)を事業者が負担する,通話時間の長いプラン又は無制限のプランへの変更を命じた上で従前のプランの費用との差額を負担する(なお,従業員がプラン変更に応じなかった場合,事業者は,増加費用の一定割合か,従前のプランの費用との差額のいずれか低い方を負担すれば足りるであろう。),あるいはテレワークの対象となっている全従業員に一律に1日当たり一定額を定めて算定した手当を支給する等の対応を採ることが考えられる。

  ② 音声通信以外の通信費用について

    続いて,音声通信以外の通信費用がテレワークよりも増加している場合はどうか。テレワークにおいて用いられる端末がパソコンである場合,高速かつ大容量の光ファイバーによるインターネット回線が普及していることから,通信費用が増加することは通常考えにくいため,ここでは,スマートフォン等のモバイル端末における通信費用の増加について検討する。

   テレワーク前と比較してモバイル端末における通信費用が増加した場合には,その増加費用のうち業務のために増加した費用を事業者において負担すべきこととなる。

   もっとも,業務の内外の区別は著しく困難であり,現実的には,事業者がテレワーク前より増加した通信費用の一定割合(やはり7,8割程度か)を負担するか,大容量の通信プラン等への変更を命じた上で従前の通信プランの料金との差額を負担する(なお,従業員がプラン変更に応じなかった場合,事業者は,増加費用の一定割合か,従前のプランの費用との差額のいずれか低い方を負担すれば足りるであろう。)等の対応を採らざるを得ないものと思われる。なお,スマートフォン等のモバイル端末においても,近時は,高速かつ大容量の通信容量を消費する動画やゲームの利用が拡大しており,既に高速かつ大容量の通信容量プランを選んでいる者が多い。そのような従業員については,ウェブ会議等による通信量の増加はさほど考えにくく,従業員が私的利用により消費した通信量とテレワークにより消費した通信量の区別を明らかにした上で後者による増加費用を請求するような稀有なケースでない限り,事業者が通信費用を負担する義務はないと思われる。

 

(3)セキュリティー対策費用について

   テレワークにおいては,通信回線を通じて,営業秘密を含む様々な秘匿すべき情報が大量に往来するため,情報セキュリティー対策は不可欠である。事業者側の端末の情報セキュリティー対策費用を事業者が負担すべきことは当然であるが,従業員側の端末の情報セキュリティー対策費用は誰が負担すべきか。

  ① 事業者の支給した端末の場合

    事業者がパソコン等の端末を貸与又は譲渡した場合は,貸与時に情報セキュリティーのソフトウェアやアプリケーション(アプリ)がインストールされているはずであるし,またされていなければならない。仮に貸与又は譲渡時に情報セキュリティーのソフトウェア等がインストールされていない場合において,従業員がこれをインストールした場合は,上記端末が事業のために支給されている以上,そのインストール費用や月次料金は,事業者が負担すべきこととなる。

  ② 従業員が所有する端末の場合

    他方,従業員がパソコン等の端末を所有している場合はどうか。

    従業員が所有するパソコンでテレワークをする場合は,インターネットセキュリティーソフトがインストールされているのが通常であり,事業者がその費用を負担する義務を負うことはないものと考えられる。仮に従業員が古いパソコンを利用したため,インターネットセキュリティーソフトが更新切れになっており,改めて契約してインストールしたと主張したとしても,上記のとおりインターネットセキュリティーソフトが通常インストールされている実態があり,しかもパソコンの私的利用が可能であることを考えると,事業者がその費用を負担する義務を負うことにはならないものと思料される。

    他方,従業員が所有するモバイル端末でテレワークをする場合はどうか。モバイル端末については,必ずしもインターネットセキュリティーソフトがインストールされているわけではないため,従業員がテレワークに当たってインストールし,あるいは,事業者からの指示でインストールした場合の費用や月次料金は,事業者が負担すべきこととなるものと思われる。

 

(4)光熱費について

   テレワークにおいては,従業員において,電気代を中心に,光熱費が増加することがありうる。その増加費用は誰が負担すべきか。

   このうち,水道代については,テレワークによって増加するか否か自体明らかではなく,仮に増加したとしても僅かと思われるため,従業員が業務上増加したことの立証に成功するという難関を突破するような稀有なケースでもない限り,事業者がその一部を負担する必要はないと思われる。

   他方,電気代については,テレワークによる空調費,パソコン等テレワーク関連機器の電気使用の増大によって増加することが想定され,事業者は,その増加費用を負担すべきこととなる。その算定方法としては,テレワーク前後を比較することになるものと思われるが,従業員ごとにそのような算定を行うことは煩雑であるため,テレワークの対象となる全従業員に一律で1日当たり一定額により算定した手当として支給するのが合理的である。

   なお,ガス代については,従業員がガスによる空調を利用している場合は,電気代に準じて考えればよいと思われる。ガスによる空調利用がない従業員については,調理で用いられるのが通常であり,業務とは無関係であるものと考えられるため,仮にガス代が増加したとしてもその増加費用を事業者が負担する必要はない。

   結局,光熱費については,テレワークの対象となる全従業員に一律で1日当たり一定額により算定した手当を支払うのが現実的である。

 

 

 

2 テレワークに適した環境の整備費用について

  次に,従業員が,テレワークにおいてインフラとまではいえないものの,テレワークに適した環境を整備するために要した費用は誰が負担すべきか。

(1)机,椅子,照明機器等の購入費用

   テレワークでは,長時間にわたり,座って業務を遂行することを余儀なくされる。そこで,従業員が長時間にわたる座っての勤務に適した机や椅子,照明機器等を購入した場合,その費用は誰が負担すべきであろうか。

   テレワークにおいても労働災害の発生が想定されることから,従業員の自宅に机や椅子がない場合や,業務に適した照度が確保できない場合,安全配慮義務の観点から,事業者には,一定の配慮が求められ,従業員に対し,机,椅子あるいは照明器具等を貸与又は譲渡するか,その設置費用を負担することが求められることとなろう。ただし,事業者が設置費用の負担する場合,従業員が現に支出した費用を負担する必要はなく,一般的な価格帯の机,椅子あるいは照明器具の代金相当額を負担すれば足りる。また,業務に適した机や椅子,照明器具等を既に所有している従業員との公平を図るため,テレワークの対象となる全従業員一律で数万円程度を支給することも考えられる。もっとも,テレワークの頻度が低く,あるいは日数が少ない従業員に対しては,労働災害リスクが高くないため,机,椅子,照明機器等の設置費用を負担しないことも考えられる。

 

(2)レンタルスペースの使用料

   テレワークの場合,自宅で業務を行うのが原則であるが,乳幼児がおり,静穏な業務環境が確保できないとして,従業員がレンタルスペースを利用することもありうる。その費用は誰が負担すべきか。

   従業員に,乳幼児がおり,保育園を利用することができず,かつ,自宅の構造上,業務に支障を来す状況がある場合において,従業員が自宅から近いレンタルスペースを利用することを制限することはできず,むしろその必要性が認められることから,事業者は,レンタルスペースの利用料を負担すべきことになるものと思われる。

   もっとも,不要不急の外出を控えることが求められる緊急事態宣言の対象区域内で自宅から遠いレンタルスペースを利用することや,高額な利用料が必要なレンタルスペースを利用することは正当化されない。このうち前者の場合は,事業者がレンタルスペースの利用料を負担する義務を負わず,また,後者の場合は,事業者として一般的な利用料相当額を負担すれば足りるものと思われる。

 

(3)改装・改築・転居費用

   それでは,乳幼児がおり,保育園も利用できず,かつ自宅の構造上静穏な業務環境が確保できないとして,従業員が,自宅を改装又は改築し,あるいは転居した上,これらの費用を事業者に請求することはできるか。

   保育園やレンタルスペースの利用が考えられる上,これらが困難だとしても,保育園の待機も早晩解消される可能性が高いため,自宅の改装,改築あるいは転居まで行う必要はないものと考えられる。したがって,自宅の改装費用,改築費用及び転居費用を事業者が負担する必要はないであろう。

 

 

4 さいごに

  以上,テレワークに関する細かい費用を含めた負担に関して検討したが,既に多くの事業者におかれては適切な対応を採られていることかと思われる。そして,既に採られている対応により,従業員との間で特段問題が生じていないのであれば,その対応を続けていかれればよいものと思われる。

  事業者各位が,新型コロナウイルス感染症の脅威を克服するだけではなく,これを好機として捉えてテレワーク等の適時適切な対応により,新型コロナウイルス感染症の拡大前より力強く業績を拡大されることを祈念してやまない。

                                                      以 上